・・・維新前牛肉など食うのは禁物であるからこっそり畑へ出てたき火をする。そうして肉片を鋤の鉄板上に載せたのを火上にかざし、じわじわ焼いて食ったというのである。こういうあんまりうま過ぎるのはたいていうそに決まっていると言って皆で笑った。そのときの一・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・統一統一と目ざす鼻先に、謀叛の禁物は知れたことである。老人の※には、花火線香も爆烈弾の響がするかも知れぬ。天下泰平は無論結構である。共同一致は美徳である。斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。「一方に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・特に抒情詩に哲学は禁物である。ニイチェの場合にあつては、この禁物が多すぎる為、詩がまるで理窟っぽい警句のやうなものになつてしまつて居る。理智で考へながら読むやうな文学は、純正の意味で「詩」とは言へないのである。しかし流石にその二三の作品だけ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・けれども天上の舟というような理想的の形容は写実には禁物だから外の事を考えたがとかくその感じが離れぬ。やがて「酒載せてただよふ舟の月見かな」と出来た。これがその時はいくらか句になって居るように思われて、満足はしないが、これに定みょうかとも思う・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・車は禁物なり。いかがはせんと並松の下に立ちよれども頼む木蔭も雨の漏りけり。ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏い肩にはケットの捲き円めたるを担ぎしが手拭もて顔をつつみたり。うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・という擽りは、斯様な世界には禁物と思う。―― 要するに、今月の女優劇は決して成功の部類に属すべきものではないと云っても過言では無かろう。 見物の心に迫って来る俳優の技術は、只外部から磨をかけられた腕の冴えばかりではない。昔のように「・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・不潔だし材料を注意しない、時には腐敗したものも使うからこれからもうストローヤで食事することは禁物です、 是は寧ろ日本字で書くより ロシア字になおして、衛生大臣セマシコフに見せたい答だ。 公平に云えば 我が呪われた胆嚢は2/10だ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
出典:青空文庫