・・・幕末の、進歩的な藩に置かれた藩学校は、当時表面上は幕府法律で禁じられていた英、蘭学の学習を秘密に行ったり、「万国」の事情に精通しようとする努力を示した。それは、たしかに幕府政治の無力を知り、封建制におしひしがれている社会生活について沈黙して・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・「下顎の脱臼は昔は落架風と云って、或る大家は整復の秘密を人に見られんように、大風炉敷を病人の頭から被せて置いて、術を施したものだよ。骨の形さえ知っていれば秘密は無い。皿の前の下へ向いて飛び出している処を、背後へ越させるだけの事だ。学問は・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこのルーレットが、どの人間の中にも一つずつあるという鵜飼い――およそ誰でも、自分が鵜であるか、鵜の首を握っている漁夫であるか考えるにちがいない人間の世界で、秘密はただ一つ、綱にあるということを私は・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・それに海近く棲んでいる人種の常で、秘密らしく大きく開いた、妙に赫く目をしている。 己はこの国の海岸を愛する。夢を見ているように美しい、ハムレット太子の故郷、ヘルジンギヨオルから、スウェエデンの海岸まで、さっぱりした、住心地の好さそうな田・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・誰も誰も持っている秘密が、闇の中で太って来て、恐ろしい姿になりますかと思われますね。ほんにこわいこと。でも、明りはまぶしゅうございますわ。」 フィンクはこう思った。己の腹の中で思う事を、あの可哀らしい静かな声が言い現わしているのだな。な・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・デュウゼの芸には解すべからざる秘密がある。 バアルはこの秘密を技巧に帰した。デュウゼは方法を誤った技巧を有しているのだ。 デュウゼは一般の女優の持っている技能を持っていない。他の女優と同じ方法をもって同じ事を現わす事ができないのだ。・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫