・・・ 上田博士が帰朝してから大学は俄に純文学を振って『帝国文学』を発刊したり近松研究会を創めたりした。緑雨は竹馬の友の万年博士を初め若い文学士や学生などと頻りに交際していたが、江戸の通人を任ずる緑雨の眼からは田舎出の学士の何にも知らないのが・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・くなった森本薫氏ぐらいのもので、菊田一夫氏の書いている科白などは、森本薫氏のそれにくらべると、はるかにエスプリがなく、背後に作者のインテリゼンスが感じられず、たとえば通俗小説ばかり書いている人の文章が純文学の小説の文章とキメの細かさが違う程・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・と大衆文学の作者がある座談会で純文学の作家に告白したそうだが、純文学大衆文学を通じて、果して日本の文学に「アラビヤン・ナイト」や「デカメロン」を以てはじまる小説本来の面白さがあったとでもいうのか。脂っこい小説に飽いてお茶漬け小説でも書きたく・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・でも、まあ、大みそか、お正月、百円くらい損してもいいから、一日もはやく現なま掴みたい心理、これは、私たちマゲモノ作家も、君たち、純文学者も変りない様子。よい初春が来るよう。萱野鉄平。」 月日。「先日、お母上様のお言いつけにより、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・して見ると、つまりは純文学の批評家は純文学の方面に関するあらゆる創作を検閲して採点しつつある事になる。前例を布衍して云うと地理、数学、物理、歴史、語学の試験をただ一人で担任すると同様な結果になる。 純文学と云えばはなはだ単簡である。しか・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・日配の統計の純文学では「細雪」が第一位です。わたしたちはここでもやっぱり客観的でなくてはいけないと思います。前に、日本の新しいファシズムの一つの現れとして、ルポルタージュに名をかりた戦記もの、秘史に名をかりた皇道主義軍国主義の合理化的宣伝の・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・やがて無人格な三人称の私というものが発明されて、客観的な現実世界と主観的自我との間の機械的な接続器の役を負わされるようになり、作家が現実への責任をとわれる純文学から一種の通俗小説に移って行くこととなった。この時代、横光利一は、彼の心理主義の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・そのことは純文学の単行本の売れゆきのわるさ、その対策の推移を見てもはっきりしていると思う。小説の単行本が売れないといわれて来てから、出版屋は一昨年あたり、いわゆる豪華版というものの濫発をやった。高くて綺麗な本でなけりゃこの頃は売れません。つ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・そして、それが、文学の大衆性への翹望などというものから湧いている気持ではなくて、当今、人気作家と云われている作家たちは阿部知二、岸田国士、丹羽文雄その他の諸氏の通りみな所謂純文学作品と新聞小説と二股かけていて、新聞小説をかくことで、その作家・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・ ところで、注目されることは、いわゆる風俗文学の作者たち、中間小説と称するよみものがかけないものは文学上の半人足であるとするような作家たち自身が、他の半面では、いわゆる純文学とよばれて来た本当の文学に恋着を示している点である。これら・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫