・・・風呂敷の黄色いの、寂しい媼さんの鼠色まで、フト判然と凄い星の下に、漆のような夜の中に、淡い彩して顕れると、商人連はワヤワヤと動き出して、牛鍋の唐紅も、飜然と揺ぎ、おでん屋の屋台もかッと気競が出て、白気濃やかに狼煙を揚げる。翼の鈍い、大きな蝙・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・が、それほど情が濃やかだったので、同じ遊蕩児でも東家西家と花を摘んで転々する浮薄漢ではなかったようだ。 沼南は本姓鈴木で、島田家の養子であった。先夫人は養家の家附娘だともいうし養女だともいうが、ドチラにしても若い沼南が島田家に寄食してい・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・一体馬琴は史筆椽大を以て称されているが、やはり大まかな荒っぽい軍記物よりは情緒細やかな人情物に長じておる。線の太い歴史物よりは『南柯夢』や『旬殿実々記』のような心中物に細かい繊巧な技術を示しておる。『八犬伝』でも浜路や雛衣の口説が称讃されて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・爰で産落されては大変と、強に行李へ入れて押え付けつつ静かに背中から腰を撫ってやると、快い気持そうに漸と落付いて、暫らくしてから一匹産落し、とうとう払暁まで掛って九匹を取上げたと、猫のお産の話を事細やかに説明して、「お産の取上爺となったのは弁・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦愛を傷つける場合は少なくないし、またあまりそういう働きのあるような婦人は、愛が濃やかでなく、すべて受身でなく可愛らしげがないという意味あいもあるのだ。 婦人が育児と家庭以外に、金をとる労働をし・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・塚というもののさまをも見おぼえおかんとおもいしまでなりしが、休めるところの鼻のさきにその塚ありと聞きては、心もはずみて興を増しつ、身を起してそこに行き見るに、塚は小高き丘をなして、丘の上には翠の葉かげ濃やかに竹美しく生い立ちたり。塚のやや円・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・好いわ、それも夫婦中が細やかなからじゃ。ハハハハ。」「…………」「分らぬか、まだ。よいか、わしが無理借りに此方へ借りて来て、七ツ下りの雨と五十からの芸事、とても上りかぬると謗らるるを関わず、しきりに吹習うている中に、人の居らぬ他所へ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・聴きおわりたる横顔をまた真向に反えして石段の下を鋭どき眼にて窺う。濃やかに斑を流したる大理石の上は、ここかしこに白き薔薇が暗きを洩れて和かき香りを放つ。君見よと宵に贈れる花輪のいつ摧けたる名残か。しばらくはわが足に纏わる絹の音にさえ心置ける・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速かである。菫ほどな小さい人が、黄金の槌で瑪瑙の碁石でもつづけ様に敲いているような気がする。 嘴の色を見ると紫を薄く混ぜた紅のようである。その紅がしだいに流れて、粟をつつく口尖の辺は白い。・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・情濃やかなる君にしてこの子を失われた時の感情はいかがであったろう。亡き我児の可愛いというのは何の理由もない、ただわけもなく可愛いのである、甘いものは甘い、辛いものは辛いというの外にない。これまでにして亡くしたのは惜しかろうといって、悔んでく・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫