・・・なるほどひと晩のことだから一つに纏めて現した方が都合は可いかも知れないが、一時間は六十分で、一分は六十秒だよ。連続はしているが初めから全体になっているのではない。きれぎれに頭に浮んで来る感じを後から後からときれぎれに歌ったって何も差支えがな・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 八 少なからぬ借金で差引かれるのが多いのに、稼高の中から渡される小遣は髪結の祝儀にも足りない、ところを、たといおも湯にしろ両親が口を開けてその日その日の仕送を待つのであるから、一月と纏めてわずかばかりの額ではないので、毎々・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 残余の財を取纏めて、一家の生命を筆硯に托そうかと考えて見た。汝は安心してその決行ができるかと問うて見る。自分の心は即時に安心ができぬと答えた。いよいよ余儀ない場合に迫って、そうするより外に道が無かったならばどうするかと念を押して見た。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・一つ咄が多勢に取繰返し引繰返しされて、十人ばかりの咄を一つに纏めて組立て直さないと少しも解らなかった。一同はワヤ/\ガヤ/\して満室の空気を動揺し、半分黒焦げになったりポンプの水を被ったりした商品、歪げたり破れたりしたボール箱の一と山、半破・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・後の『小説神髄』はこれを秩序的に纏めたものだが、この評論は確かに『書生気質』などよりは重かった。世間を敬服さした。これも私は丁度同時にバージーンの修辞学を或る外国人から授かって、始終講義を聞いていた故、確かにその一部をバージーンから得たらし・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・それで彼のなした事業はことごとくこれを纏めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止まっていると考えます。しかしながらこの人の生涯が私を益し、それから今日日本の多くの人を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は事・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・村長は委細を呑込んで、何卒機会を見て甘くこの縁談を纏めたいものだと思った。 三日ばかり経って夜分村長は富岡老人を訪うた。機会を見に行ったのである。然るに座に校長細川あり、酒が出ていて老先生の気焔頗る凄まじかったので長居を為ずに帰って了っ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 吉永は、松木の寝台の上で私物を纏めていた。炊事場を引き上げて、中隊へ帰るのだ。 彼は、これまでに、しばしば危険に身を曝したことを思った。 弾丸に倒れ、眼を失い、腕を落した者が、三人や四人ではなかった。 彼と、一緒に歩哨に立・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 呉清輝は、小鼻でくッくッと笑って、自分の所有物を纏めた。河のかなたへずらかってしまうのだ。「俺ゃ、まだ起られねえ」 晩が来ると、夜がふけるのを待たずに呉は出発した。 田川は、ベットに横たわっていた。「気をつけろよ」・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 老人は、二人からもぎ取った銃と軍服、防寒具、靴などを若者に纏めさして、雪に埋れた家の方へ引き上げた。「あの、頭のない兎も忘れちゃいけないぞ!」 六 三日目に、二個中隊の将卒総がゝりで、よう/\探し出された・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫