・・・私にはたんにそれが女学校などで遊戯として習得した以上に、何か特別に習練を積んだものではないかと思われたほどに、それほどみごとなものであった。Tもさすがに呆気に取られたさまで、ぼんやり見やっていたが、敗けん気を出して浪子夫人のあとから鎖につか・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・後者に関してはその種類が多様であるのと、技術知の習得に関するので、特に挙げてあげつらうことができない。ただこの場合において一、二の注意を述べるなら、職能に関する読書はその部門の全般にわたる鳥瞰が欠くべからざるものであるが、そのあいだにもおの・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・入営前大阪へ出て、金をかけて兄は速記術を習得したのであった。それを兄は、耳が聞えなくなったため放棄しなければならなかった。上等兵は、ここで自分までも上官の命令に従わなくって不具者にされるか、或は弾丸で負傷するか、殺されるか、――したならば、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・いつのまにやら豪放な風格をさえ習得していた。ちっとも悪びれずに言うその態度は、かえって男らしく、たのもしく見えた。 私たちはやがて、そろって銭湯に出かけた。よいお天気だった。大隅君は青空を見上げて、「しかし、東京は、のんきだな。」・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 自分は、かつて聖書の研究の必要から、ギリシャ語を習いかけ、その異様なよろこびと、麻痺剤をもちいて得たような不自然な自負心を感じて、決して私の怠惰からではなく、その習得を抛棄した覚えがある。あの不健康な、と言っていいくらいの奇妙に空転し・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・その冒頭に、先ず有能な学者を日本に派遣して大学地震研究所におけるあらゆる研究の模様を習得せしめよということ、次に末広所長を米国に迎えて講演させ、また米国における将来の研究方針についてその助言を求め、また末広式の地震分析器を各所に据え付けて地・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 俳句の修業はまた一面においては日本人固有の民族的精神の習得である。本編の初めに述べたように俳句という特異な詩形の内容と形式の中に日本民族の過去の精神生活のほとんど全部がコンデンスされエキストラクトされている。これが外国人に俳句のわから・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・例外なしに、農村の子女に適当な機械と設備とをあてがえば熟練の大衆化によって、数日にして「大の男の熟練工と同じ程度の熟練さを習得するのである」と。男の補助ではなく、男の代るものとして、婦人の労働力は計算されている。産業の合理化で男の労働者数は・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ プロレタリア作家は、新たな関心で大衆に近づき、そこから階級的なわかり易い文章を書く技術を習得しなければならない。 プロレタリア作家は、今まで充分党に近くあったであろうか? プロレタリア作家は、階級の心理をもっと把握せよ! 類型・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・それの全然欠けた日々を潜って如何にして生きるかを習得して来たわけだ。 この民衆の強みはСССРの底石だ。 骨格逞しい丈夫な民衆の上にあらゆる不如意、不潔、消耗がある。然し彼等はその底をくぐって生きぬくであろう。 民衆のこの生活力・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
出典:青空文庫