・・・わたくしをして言わしむれば、東京市現時の形勢より考えて、上野の公園地は既に狭隘に過ぐる憾がある。現時園内に在る建築物は帝室博物館と動物園との二所を除いて、其他のものは諸学校の校舎と共に悉く之を園外の地に移すべく、又谷中一帯の地を公園に編入し・・・ 永井荷風 「上野」
・・・そうして彼は西瓜は赤が居ないから盗まれたと考えた。赤が生きて居たら屹度吠えたに相違ないと思った。そうして彼は赤を殺して畢ったことが心外で胸が一しきり一杯にこみあげて来た。彼は強いて眼を瞑った。威勢がよくて人なつこかった赤の動作がそれからそれ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・即ち忠臣貞女とかいうが如きものを完全なものとして孝子は親の事、忠臣は君の事、貞女は夫の事をばかり考えていた。誠にえらいものである。その原因は科学的精神が乏しかったためで、その理想を批評せず吟味せずにこれを行って行ったというのである。また昔は・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・私はなおかかる問題について考えて見たことはないが、一例をいえば、俳句という如きものは、とても外国語には訳のできないものではないかと思う。それは日本語によってのみ表現し得る美であり、大きくいえば日本人の人生観、世界観の特色を示しているともいえ・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・だがその手柄が何であったか、戦場がどこであったか、いくら考えても思い出せず、記憶がついそこまで来ながら、朦朧として消えてしまう。「あア!」 と彼は力なく欠伸をした。そして悲しく、投げ出すように呟いた。「そんな昔のことなんか、どう・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・私は確に「何か」考えてはいたらしいが、その考の題目となっていたものは、よし、その時私がハッと気がついて「俺はたった今まで、一体何を考えていたんだ」と考えて見ても、もう思い出せなかった程の、つまりは飛行中のプロペラのような「速い思い」だったの・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・食べに来るわけではなく、どういう考えか知らないが、白いものの上に坐るのである。腰かけるのかも知れない。それとも腹ばいになるのか。とにかく、船の上から軽く糸をあやつっていると、タコが来た気配は手にこたえる。そこで、サーッと引くと、タコはカギに・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・と、平田はしばらく考え、ぐッと一息に飲み乾した猪口を小万にさし、「どうだい、酔ッてもいいかい」「そうさなア。君まで僕を困らせるんじゃアないか」と、西宮は小万を見て笑いながら、「何だ、飲めもしないくせに。管を巻かれちゃア、旦那様がまたお困・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・この一段にいたりては、政府の人においても、学者の仲間においても、いやしくも愛国の念あらん者なれば、私情をさりてこれを考え、心の底にこれを愉快なりと思う者はなかるべし。 なおこれよりも禍の大なるものあり。前すでにいえる如く、我が国内の人心・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・蓋し意の有無と其発達の功拙とを察し、之を論理に考え之を事実に徴し、以て小説の直段を定むるは是れ批評家の当に力むべき所たり。 二葉亭四迷 「小説総論」
出典:青空文庫