・・・のパテント付のピーボヂーにもマルチニーにも怯ともせず、前へ前へと進むから、始て怖気付いて遁げようとするところを、誰家のか小男、平生なら持合せの黒い拳固一撃でツイ埒が明きそうな小男が飛で来て、銃劒翳して胸板へグサと。 何の罪も咎も無いでは・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・暑くて白シャツの胸板のうしろを汗の流れるのが気持ちが悪かった。両手を見るとまっかになって指が急に肥ったように感じられた。 ケーブルカーの車掌は何を言っても返事をしないですましていた。話をしてはいけない規則だと見える。急勾配を登る時に両方・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・と六尺一寸の身をのして胸板を拊つ。「霧深い国を去らぬと云うのか。その金色の髪の主となら満更嫌でもあるまい」と丸テーブルの上を指す。テーブルの上にはクララの髪が元の如く乗っている。内懐へ収めるのをつい忘れた。ウィリアムは身を伸したまま口籠・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・しばらく戦ったが、槍術は又七郎の方が優れていたので、弥五兵衛の胸板をしたたかにつき抜いた。弥五兵衛は槍をからりと棄てて、座敷の方へ引こうとした。「卑怯じゃ。引くな」又七郎が叫んだ。「いや逃げはせぬ。腹を切るのじゃ」言いすてて座敷には・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫