・・・昔を憶出せば自然と今の我身に引比べられて遣瀬無いのは創傷よりも余程いかぬ! さて大分熱くなって来たぞ。日が照付けるぞ。と、眼を開けば、例の山査子に例の空、ただ白昼というだけの違い。おお、隣の人。ほい、敵の死骸だ! 何という大男! 待てよ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ ――無気力な彼の考え方としては、結局またこんな処へ落ちて来るということは寧ろ自然なことであらねばならなかった。(魔法使いの婆さんがあって、婆さんは方々からいろ/\な種類の悪魔を生捕って来ては、魔法で以て悪魔の通力を奪って了う。そして自・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・夕食は朝が遅いから自然とおくれて午後十一時頃になる。此時はオートミルやうどんのスープ煮に黄卵を混ぜたりします。うどんは一寸位に切って居りました。 食事は普通人程の分量は頂きました。お医者様が「偉いナー私より多いがナー」と言われる位で有り・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子で言うなら主人役の位置に窓を開いていた。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・小生が妻のためにとて求め来たりし育児に関する書籍などを妻はまだろくろく見もせぬうちに、母上は老眼に眼鏡かけながら暇さえあれば片っ端より読まれ候てなるほどなるほどと感心いたされ候ことに候、右等の事情より自然未熟なる妻の不注意をはなはだ気にした・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・天理の自然、生命の法則に従うことは、目前の生活解放権利拡張ということより根本的である。現在の社会ではいわゆる婦人の権利拡張の闘争から手を引くことは、一層鎖を重くすることになるが、理想的国家では、処女性、母性、美容の保護、ならびに、これと矛盾・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 彼は、自然さをよそおいつゝ人の耳によく刻みこまれるように、わざと大きな声を出した。「栗島が出した札かい?」局員はきゝかえした。その声に疑問のひゞきがあった。「あゝ、そうだ。」「たしかだね?」「うむ、そうだ。そうに違いな・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・けさせる塾監みたような世話焼が二三人――それは即ち塾生中の先輩でして、そして別に先生から後輩の世話役をしろという任命を受けて左様いう事を仕て居るというのでも無いのですが、長らく先生の教を受けて居る中に自然と左様いう地位に立たなければならぬよ・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・堺利彦は、「非常のこととは感じないで、なんだか自然の成り行きのように思われる」といってきた。小泉三申は、「幸徳もあれでよいのだと話している」といってきた。どんなに絶望しているだろうと思った老いた母さえ、すぐに「かかる成り行きについては、かね・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・となるは自然の理なり俊雄は秋子に砂浴びせられたる一旦の拍子ぬけその砂肚に入ってたちまちやけの虫と化し前年より父が預かる株式会社に通い給金なり余禄なりなかなかの収入ありしもことごとくこのあたりの溝へ放棄り経綸と申すが多寡が糸扁いずれ天下は綱渡・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫