・・・たね子は角隠しをかけた花嫁にも時々目を注いでいた。が、それよりも気がかりだったのは勿論皿の上の料理だった。彼女はパンを口へ入れるのにも体中の神経の震えるのを感じた。ましてナイフを落した時には途方に暮れるよりほかはなかった。けれども晩餐は幸い・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・それは花嫁にふさわしい色だった。しかし見ると大椅子の上に昨夜母の持って来てくれた外の衣裳が置いてあった。それはクララが好んで来た藤紫の一揃だった。神聖月曜日にも聖ルフィノ寺院で式があるから、昨日のものとは違った服装をさせようという母の心尽し・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・……窈窕たるかな風采、花嫁を祝するにはこの言が可い。 しかり、窈窕たるものであった。 中にも慎ましげに、可憐に、床しく、最惜らしく見えたのは、汽車の動くままに、玉の緒の揺るるよ、と思う、微な元結のゆらめきである。 耳許も清らかに・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 上が身を堅く花嫁の重いほど、乗せた車夫は始末のならぬ容体なり。妙な処へ楫を極めて、曳据えるのが、がくりとなって、ぐるぐると磨骨の波を打つ。 十 露店の目は、言合わせたように、きょときょとと夢に辿る、この桃の・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ ――初女房、花嫁ぶりの商いはこれで分った――「ちゃんと金子を突いたでねえから、抱えぬしの方で承知しねえだよ。摺った揉んだの挙句が、小春さんはまた褄を取っているだがね、一度女房にした女が、客商売で出るもんだで、夜がふけてでも見なさい・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・僕よりも少し年上だけに、不断はしッかりしたところのある女だが、結婚の席へ出た時の妻を思えば、一、二杯の祝盃に顔が赤くなって、その場にいたたまらなくなったほどの可愛らしい花嫁であった。僕は、今、目の前にその昔の妻のおもかげを見ていた。 そ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 仲人の私は花嫁側と一緒に式場で待っていたが、約束の時間が二時間たっても、彼は顔を見せない。 私はしびれを切らせて、彼が降りる筈の駅まで迎えに行くと、半時間ほどして、真っ青な顔でやって来た。「どうしたんだ」ときくと、「徹夜し・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・十八歳の花嫁はその日から彼に代って彼の老いた両親に仕えるのである。 × 私はこの話をきいて、いたく胸を打たれた。あるいはこの話は軍人援護の美談というべきものではないかも知れない。しかし、いま私は「私の見聞した軍人援護・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・それを頭痛だとはなにごとかと、当然花嫁の側からきびしい、けれども存外ひそびそした苦情が持ちだされたのを、仲人が寺田屋の親戚のうちからにわかに親代りを仕立ててなだめる……そんな空気をひとごとのように眺めていると、ふとあえかな螢火が部屋をよぎっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・田舎は秋晴拭うが如く、校長細川繁の庭では姉様冠の花嫁中腰になって張物をしている。 さて富岡先生は十一月の末終にこの世を辞して何国は名物男一人を失なった。東京の大新聞二三種に黒枠二十行ばかりの大きな広告が出て門人高山文輔、親戚細川繁、友人・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫