・・・敷石を挟んだ松の下には姫路茸などもかすかに赤らんでいた。「この別荘を持っている人も震災以来来なくなったんだね。……」 するとT君は考え深そうに玄関前の萩に目をやった後、こう僕の言葉に反対した。「いや、去年までは来ていたんだね。去・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・また実際そのお島婆さんの家と云うのが、見たばかりでも気が滅入りそうな、庇の低い平家建で、この頃の天気に色の出た雨落ちの石の青苔からも、菌ぐらいは生えるかと思うぐらい、妙にじめじめしていました。その上隣の荒物屋との境にある、一抱あまりの葉柳が・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・松茸、椎茸、とび茸、おぼろ編笠、名の知れぬ、菌ども。笠の形を、見物は、心のままに擬らえ候え。「――あれあれ、」 女山伏の、優しい声して、「思いなしか、茸の軸に、目、鼻、手、足のようなものが見ゆる。」 と言う。詞につれて、如法・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 必要なのは――魚説法――に続く三番目に、一、茸、――鷺、玄庵――の曲である。 道の事はよくは知らない。しかし鷺の姿は、近ごろ狂言の流に影は映らぬと聞いている。古い隠居か。むかしものの物好で、稽古を積んだ巧者が居て、その人たち、言わ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 最も得意なのは、も一つ茸で、名も知らぬ、可恐しい、故郷の峰谷の、蓬々しい名の無い菌も、皮づつみの餡ころ餅ぼたぼたと覆すがごとく、袂に襟に溢れさして、山野の珍味に厭かせたまえる殿様が、これにばかりは、露のようなよだれを垂し、「牛肉の・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 最も得意なのは、も一つ茸で、名も知らぬ、可恐しい、故郷の峰谷の、蓬々しい名の無い菌も、皮づつみの餡ころ餅ぼたぼたと覆すがごとく、袂に襟に溢れさして、山野の珍味に厭かせたまえる殿様が、これにばかりは、露のようなよだれを垂し、「牛肉の・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・――そよぐ風よりも、湖の蒼い水が、蘆の葉ごしにすらすらと渡って、おろした荷の、その小魚にも、蕈にも颯とかかる、霜こしの黄茸の風情が忘れられない。皆とは言わぬが、再びこの温泉に遊んだのも、半ばこの蕈に興じたのであった。 ――ほぼ心得た名だ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 中心へ近づくままに、掻く手の肱の上へ顕われた鼻の、黄色に青みを帯び、茸のくさりかかったような面を視た。水に拙いのであろう。喘ぐ――しかむ、泡を噴く。が、あるいは鳥に対する隠形の一術であろうも計られぬ。「ばか。」 投棄てるように・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・芝茸、松茸、しめじ、松露など、小笹の蔭、芝の中、雑木の奥、谷間に、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。 昨日一昨日雨降りて、山の地湿りたれば、茸の獲物さこそとて、朝霧の晴れもあえぬに、人影山に入乱れつ。いまはハヤ朽葉の下をもあさりた・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・これを思うと、木曾殿の、掻食わせた無塩の平茸は、碧澗の羹であろう。が、爺さんの竈禿の針白髪は、阿倍の遺臣の概があった。「お前様の前だがの、女が通ると、ひとりで孕むなぞと、うそにも女の身になったらどうだんべいなす、聞かねえ分で居さっせえま・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫