・・・ 年倍なる兀頭は、紐のついた大な蝦蟇口を突込んだ、布袋腹に、褌のあからさまな前はだけで、土地で売る雪を切った氷を、手拭にくるんで南瓜かぶりに、頤を締めて、やっぱり洋傘、この大爺が殿で。「あらッ、水がある……」 と一人の女が金切声・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・第一、順と見えて、六十を越えたろう、白髪のお媼さんが下足を預るのに、二人分に、洋杖と蝙蝠傘を添えて、これが無料で、蝦蟇口を捻った一樹の心づけに、手も触れない。 この世話方の、おん袴に対しても、――――軽少過ぎる。卓子を並べて、謡本少々と・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……御勘定……(首にかけた汚き大蝦蟇口より、だらしなく紐を引いてぶら下りたる財布を絞り突銭弘法様も月もだがよ。銭も遍く金剛を照すだね。えい。(と立つ。脊高き痩脛、破股引にて、よたよた。酒屋は委細構わず、さっさと片づけて店へ引込えい。はッ、静・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・握飯でもいい、午は米粒にありつきたいのだが、蝦蟇口にはもう二銭銅貨一枚しか残っていない。 私はそこの海岸通りへ出た。海から細く入江になっていて、伝馬や艀がひしひしと舳を並べた。小揚人足が賑かな節を合せて、船から米俵のような物を河岸倉へ運・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・大金といったって、十円の蝦蟇口から一円出すのはその人に取って大金だが、千万円の弗箱から一万円出したって五万円出したって、比例をして見ればその人に取って実は大金ではない、些少の喜悦税、高慢税というべきものだ。そしてその高慢税は所得税などと違っ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ それを聞いて、私は黒いメリンスを巻きつけた兵児帯の間から蝦蟇口を取り出した。その中にあった金を次郎に分け、ちょうどそこへ屋外からテニスの運動具をさげて帰って来た三郎にも分けた。「へえ、末ちゃんにも月給。」 と、私は言って、茶の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・震災後は働きたいにも仕事がないと言って救いを求めるもの、私たちの家へ来るまでに二日も食わなかったというもの、そういう人たちを見るたびに私は自分の腰に巻きつけた帯の間から蝦蟇口を取り出して金を分けることもあり、自分の部屋の押入れから古本を取り・・・ 島崎藤村 「分配」
出典:青空文庫