・・・私は日々に憔悴し、血色が悪くなり、皮膚が老衰に澱んでしまった。私は自分の養生に注意し始めた。そして運動のための散歩の途中で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。私は医師の指定してくれた注意によって、毎日・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・散歩すると血色がよくなるぜ。」「そうだ。では行こう。」「三人で手をつないでこうね。」ブン蛙とベン蛙とが両方からカン蛙の手を取りました。「どうも雨あがりの空気は、実にうまいね。」「うん。さっぱりして気持ちがいいね。」三疋は萱の・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 俄かに戸があいて、赤い毛布でこさえたシャツを着た若い血色のいい男がはいって来ました。 みんなは一ぺんにそっちを見ました。 その男は、黄いろなゴムの長靴をはいて、脚をきちんとそろえて、まっすぐに立って云いました。「農夫長の宮・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・ 肉の薄い血色のわるい掌であった。然し、彼女がたった三本だけ名を知っている掌筋のうち、恋愛の筋がいかにもよそで聞いた女将の身の上と符合しているようなので、ひろ子は少し喫驚した。「ほらね、だからあらそわれない!」「なんどす」「・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 薄い繭紬みたいな布で頭をつつんだ血色のいい婦人党員は、つよく否定した。 ――みんな党外の婦人です、党は、党外の人々の助力なしに何も出来ない。……ああ、あなた、暇ですか? 百二十四番の室へ、来なければならなかった。 ――じゃ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ マリーナは、合点合点をし、ダーリヤの滑らかな血色のよい頬を情をこめて撫でたたいた。「可愛いダーシェンカ、あんたは優しいいい娘さんですよ、――どうか立派な児供が生れますように」 妊娠のために感じ易くなっているダーリヤはマリーナを・・・ 宮本百合子 「街」
・・・洋行前にはまだどこやら少年らしい所のあったのが、三年の間にすっかり男らしくなって、血色も好くなり、肉も少し附いている。しかし待ち構えていた奥さんが気を附けて様子を見ると、どうも物の言振が面白くないように思われた。それは大学を卒業した頃から、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・皆ブリュネットな髪をしている。血色の好い丈夫そうな子供である。 フランツはついに見たことのない子供の群れを見て、気兼をして立ち留まった。 子供達は皆じいっとして木精を聞いていたのであるが、木精の声が止んでしまうと、また声を揃えてハル・・・ 森鴎外 「木精」
・・・ とくは黙って顔を見ているうちに、くちびるに血色がなくなって、目に涙がいっぱいたまって来た。「初五郎」と取調役が呼んだ。 ようよう六歳になる末子の初五郎は、これも黙って役人の顔を見たが、「お前はどうじゃ、死ぬるのか」と問われて、・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・しかし、今や彼らは連戦連勝の栄光の頂点で、尽く彼らの過去に殺戮した血色のために気が狂っていた。 ナポレオンは河岸の丘の上からそれらの軍兵を眺めていた。騎兵と歩兵と砲兵と、服色燦爛たる数十万の狂人の大軍が林の中から、三色の雲となって層々と・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫