・・・……つまり、他に理由はないんさ、要するに貧乏な友達なんか要らないという訳なんだよ。他に君にどんな好い長所や美点があろうと、唯君が貧乏だというだけの理由から、彼等は好かないというんだからね、仕様がないじゃないか。殊にYなんかというあゝ云った所・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・画題といい色彩といい、自分のは要するに少年が書いた画、志村のは本物である。技術の巧拙は問う処でない、掲げて以て衆人の展覧に供すべき製作としては、いかに我慢強い自分も自分の方が佳いとは言えなかった。さなきだに志村崇拝の連中は、これを見て歓呼し・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖すべきではなくて、多くは、その個々が有している迷信・貪欲・痴愚・妄執・愛着の念をはらいがたい境遇・性質等に原因するのである。故に見よ。彼らの境遇や性質が、も・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・あの情味が新開眼の自己道徳には伴わない。要するに新旧いずれに就くも、実行的人生の理想の神聖とか崇高とかいう感じは消え去って、一面灰色の天地が果てしもなく眼前に横たわる。讃仰、憧憬の対当物がなくなって、幻の華の消えた心地である。私の本心の一側・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・けれども、くらしの不安はない。要するに、いい家庭だ。ときどき皆、一様におそろしく退屈することがあるので、これには閉口である。きょうは、曇天、日曜である。セルの季節で、この陰鬱の梅雨が過ぎると、夏がやって来るのである。みんな客間に集って、母は・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・主な材料はモスコフスキーの著書に拠る外はなかった。要するに素人画家のスケッチのようなものだと思って読んでもらいたいのである。二 アルベルト・アインシュタインは一八七九年三月の出生である。日本ならば明治十二年卯歳の生れで数え年・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を悲しむであろう。要するに人格の問題である。諸君、我々は人格を研くことを怠ってはならぬ。 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 祖国の自然がその国に生れた人たちから飽かれるようになるのも、これを要するに、運命の為すところだと見ねばなるまい。わたくしは何物にも命数があると思っている。植物の中で最も樹齢の長いものと思われている松柏さえ時が来ればおのずと枯死して行く・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・今日の四角は明日の三角にならないとも限らないし、明日の三角がまたいつ円く崩れ出さないとも云えない。要するに幾何学のように定義があってその定義から物を拵え出したのでなくって、物があってその物を説明するために定義を作るとなると勢いその物の変化を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・我々の観念が神を原因とするかぎり明晰判明である、十全である。要するにコーギトー・エルゴー・スムから出立したデカルト哲学は、スピノザに至らなければならない。「すべてあるものは神に於てあり、神なくして、何物もあることも、理解せられることもできな・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫