・・・ 二人が風呂から上がると内儀さんが食膳を運んで、監督は相伴なしで話し相手をするために部屋の入口にかしこまった。 父は風呂で火照った顔を双手でなで上げながら、大きく気息を吐き出した。内儀さんは座にたえないほどぎごちない思いをしているら・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 太陽は、だれに対しても差別なく、いつでも、喜んで話し相手になったからであります。ちょうどこのとき、太陽は、ちょろちょろと、白い煙をあげている煙突に向かって、「このごろは、なかなかお忙しいようだが、おもしろいことがありますか。」と、・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・私が、どんなにお母さんの気持をいたわって、話し相手になってあげても、やっぱりお父さんとは違うのだ。夫婦愛というものは、この世の中で一ばん強いもので、肉親の愛よりも、尊いものにちがいない。生意気なこと考えたので、ひとりで顔があかくなって来て、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・映画監督のシュネイデロフ氏はだれも格好な話し相手がなくて、すみのほうの椅子に押し黙って所在なさそうに見えた。日本の学者たちの、この人にはおそらくはなはだ珍しかったであろうと思われる風貌を彼一流のシネマの目で観察していたことであろう。 そ・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・ 友達が出来ましょう、話し相手なしでは――彼のことを話す相手なしでは――いられません。そして、最も自然な、在り得べき想像として、一人の信頼すべき異性が、自分の最も近い朋友と成ったと仮定します。 その場合、その人に対する友情は、自分の・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ こう云う処に居ると、私と似寄りの年頃の話し相手はまるで出来ない。言葉の違う故か、きまりを悪がって、どんなに私が打ちとけても口一つきかないのである。それにまた、この村には割合に、娘や若い男の子が少い様に見える。中学校に来るものは大抵他処・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・「話し相手がないもんですからネ」こんな事を云ってその人は思ってる事――今まで話す人がなくってためて置いた事をあらいざらい云ってしまわなくっちゃあならない様に話して居る。「いやんなっちまうんです、ほんとうに、老(よりばっかりですもん、・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫