・・・お客からは責められるし、吉里さんは返してくれないし、私しゃこんなに困ッたことはないよ。今朝催促したら、明日まで待ッてくれろッてお言いだから、待ッてやることは待ッてやったけれども、吉里さんのことだから怪しいもんさ」「二階の花魁で、借りられ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・此辺より見れば女大学は人に無理を責めて却て人をして偽を行わしめ、虚飾虚礼以て家族団欒の実を破るものと言うも不可なきが如し。我輩の所見を以てすれば、家内の交には一切人為の虚を構えずして天然の真に従わんことを欲するものなり。嫁の身を以て見れば舅・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・が、油汗を搾るのは責めては自分の罪を軽め度いという考えからで、羊頭を掲げて狗肉を売る所なら、まア、豚の肉ぐらいにして、人間の口に入れられるものを作え度い、という極く小心な「正直」から刻苦するようになったんだ。翻訳になると、もう一倍輪をかけて・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ この夢があるので、わたくしは多少良心に責められたこともあります。しかしわたくしはあなたに誓います。わたくしはあなたが田舎の夫が妻に要求するような要求をなさることがあろうとは、一度も思ったことはありません。それは田舎の夫が妻に要求する主・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・背中から左の横腹や腰にかけて、あそこやここで更る更る痛んで来る事は地獄で鬼の責めを受けるように、二六時中少しの間断もない。さなくても骨ばかりの痩せた身体に終始痛みが加わるので、僅かの身動きさえならず、苦しいの苦しくないのと、そんなことをいう・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・みんなは僕だの斉藤君だの行かないので旅行が不成立になると云ってしきりに責めた。武田先生まで何だか変な顔をして僕に行けと云う。僕はほんとうにつらい。明后日までにすっかり決まるのだ。夕方父が帰って炉ばたに居たからぼくは思い切って父にもう一度学校・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ソフィヤ夫人は、子供等に対する家庭の父親の義務としてトルストイを責め、その考えに反対してアンドレイを先頭に立てた一群の息子たちは、当然息子に分けられるべき財産を、トルストイのとりまき共に横領されまいとする息子の権利の上に立って。 この諍・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・情偽があろうかという、佐佐の懸念ももっともだというので、白州へは責め道具を並べさせることにした。これは子供をおどして実を吐かせようという手段である。 ちょうどこの相談が済んだところへ、前の与力が出て、入り口に控えて気色を伺った。「ど・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・そして今逆に先手を打って、安次を秋三から心良く寛大に引き取ってやったとしたならば、自分の富の権威を一倍敵に感ぜしめもし、彼の背徳を良心に責めしめもする良策になりはしないか、と考えついた時には、早や彼は家に帰って風呂の湯加減をみる為に、一寸手・・・ 横光利一 「南北」
・・・三 また、私は人を責めることの恐ろしさをもしみじみと感じました。私はある思想に拠って行為を非難する事があります。そうして時には自分の行為もまた同じように非難せられなければならない事を忘れています。 ある時私は友人と話して・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫