・・・爪先上りの所所には、赤錆の線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高い崖の向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じられた。 三人は又トロ・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・そこにはもう赤錆のふいた亜鉛葺の納屋が一棟あった。納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏の女人像が一つあった。殊にその女人像は一面に埃におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。「するとその肺病患者は・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・侍女 ええ、錠の鍵は、がっちりささっておりましたけれど、赤錆に錆切りまして、圧しますと開きました。くされて落ちたのでございます。塀の外に、散歩らしいのが一人立っていたのでございます。その男が、烏の嘴から落しました奥様のその指環を、掌に載・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 渋色の逞しき手に、赤錆ついた大出刃を不器用に引握って、裸体の婦の胴中を切放して燻したような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋を縢った中に、骨の薄く見える、やがて一抱もあろう……頭と尾ごと、丸漬にした膃肭臍を三頭。縦に、横に、仰向けに、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・と、いつも沈着いてる男が、跡から跡からと籠上る嬉しさを包み切れないように満面を莞爾々々さして、「何十年来の溜飲が一時に下った。赤錆だらけの牡蠣殻だらけのボロ船が少しも恐ろしい事アないが、それでも逃がして浦塩へ追い込めると士気に関係する。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・中庭の中央に物置小屋みたいなものがあり、横のあき地に赤錆のついた古金網、ねじ曲った鉄棒、寝台の部分品のこわれなどがウンと積まれている。 半地下室の窓が二つ、その古金物の堆積に向って開いている。女がならんで洗濯している。そこからは石鹸くさ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 皆の者は、そのうす汚れた布片れにくるんであった、赤錆のついた鉄棒か斧が、真暗の湯殿に立って、若し誰でも来たらと身構えて居る男の背後にかくされてある様子を思うと、ほんとに背骨の一番とっぽ先が、痛痒い様な感じを起して来る。 若し自分で・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫