・・・ その趣は、老成人が少年に向い、直接にその遊冶放蕩を責め、かえって少年のために己が昔年の品行を摘発枚挙せられ、白頭汗を流して赤面するものに異ならず。直接の譴責は各自個々の間にてもなおかつ効を見ること少なし。いわんや天下億万の後進生に向っ・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ときは、我輩も心の内には外国人の謬見妄漫を知らざるにあらず、我が徳風斯くまでに壊れたるにあらず、我が家族悉皆然るにあらず、外人の眼の達せざる所に道徳あり家族あり、その美風は西洋の文明国人をしてかえって赤面せしむるもの少なからず、以て家を治め・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・これまで文学の仕事というものは、今日にあっても室生氏が未だ業ならざる者は弾丸に当って死ぬがまし、と云っても自身その言葉に赤面しないですんでいるような、特殊な専門的修練を経て成り上った少数者の技術のように考えられていた。しかし、それならばと云・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ 家の様子も知らないで、やたらに川窪を疑って居るお金の言葉に、栄蔵は赤面する様だった。 ああやって心配して、気合をかけて、病気をなおす人の名や所まで教えた上、痛んだら「こんにゃく」の「パっぷ」をしてやれなどと云って呉れたあの家の主婦・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・を、もとのままの場所からちっとも動かし得ずに、遺さなければならなかったことは、彼女にいかほどの、苦痛を感じさせ、赤面を感じさせたことだろう。 かつて、「ああやっと来た!」と書いた言葉の前へ面を被いながら、彼女は 達者で働いておくれ!・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 本もののヨーロッパを知っている落華生は、中国の有閑モダン女性というものに、赤面を感じるところが少くないらしい。短い、辛辣な文句が「春桃」のうちに散在している。 中国の社会を歴史の遠近もはっきりつけてヨーロッパの心の上に、くっき・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 叔父はすぐそばに見える山について種々の事を話してくれた。 自分がまだ子供だった時夜足駄を履いて登った事があって、天狗が居ると云う事だと聞くと私の驚きは頂上になった。 赤面の棒鼻をした白髪の天狗が赤い着物を着羽根の団扇を持って何・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 浅間しい疑を抱く自分を彼はひそかに赤面しながら、どこまでも、親切ずくのこととして信じようとしていたのである。 けれども、四度目に来たとき、海老屋の番頭はもう断わられて帰るような、そんななまやさしいものではなくなった。 彼はほん・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・数百万の戦争未亡人・孤児の生涯は見殺しながら、三月八日の婦人デーはごまかして、三月は日本の雛祭り、とお客さまにお目にかける態度の卑屈さをいきどおり赤面しない婦人たちがあるだろうか。メーデーには棍棒隊をくり出させて、端午は日本の男の節句と他方・・・ 宮本百合子 「婦人デーとひな祭」
・・・私たちが赤面する場合に彼は哄笑する。彼は無恥を焦点とする現実主義者である。――Iには売女を思わせるものがある。おしろいの塗り方も髪の結いぶりも着物の着こなしもすべて隙がない。delicate な印象を与え清い美しさで人を魅しようとする注意も・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫