・・・いつでも虚子に誘われて行くだけで、行ったあとでは大いに辟易するくらいである。○それで明治座へ行って、自分の枡へ這入ってみると、ただ四方八方ざわざわしていろいろな色彩が眼に映る感じが一番強かった。もっともこれは能とさほど性質において差違は・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・ 三 朋友その朋友と共に我輩が生活を共にするところの朋友姉妹の事については前回少しく述ぶるところあったが、このほかに我輩がもっとも敬服しもっとも辟易するところの朋友がまだ一人ある。姓はペン渾名は bedge p・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・それが一一どうかは分らないが、皆が皆辟易したとも云い切れまい。いや兎角く此道ではブレーキが利きにくいものだ。 だが、私は同時に、これと併行した外の考え方もしていた。 彼女は熱い鉄板の上に転がった蝋燭のように瘠せていた。未だ年にすれば・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 悪妻は、良人から渡された金がすくないと、それで出来る賄いはこれですよ、とひどいものを並べて辟易させるというさもしい手を心得ている。 贅沢品とりしまりの標準は月収三百円とかいわれているが、これに該当する生活者は日本の全人口の僅何割か・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・トルストイ、チェホフ、アンドレーエフなどが知友に数えられるようになっていたが、その時分のゴーリキイの風采というものはいつもチェホフを辟易させたルバーシカ一点張で、こんなことさえあった。或る日ゴーリキイがペテルブルグ市中の或る橋を歩いていると・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・新聞雑誌は初は予を強要して語らしめたが、後にはそう大言壮語せられては困るとか云って、予の饒舌るに辟易した。昔者道士があって、咒を称え鬼を役して灑掃せしめたそうだ。その弟子が窃み聴いてその咒を記えて、道士の留守を伺うて鬼を喚んだ。鬼は現われて・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫