・・・明治四十二年から四年へかけて西洋へ行っている間だけがちょっと途切れてはいるが、心持ちの上では、この明治三十二年以後今日まではただひとつながりの期間としか思われない。従って自分の東京と銀座に関する記憶は、――のような三つの部分から成り立ってい・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・と男は驚きの舌を途切れ途切れに動かす。「知らぬ路にこそ迷え。年古るく住みなせる家のうちを――鼠だに迷わじ」と女は微かなる声ながら、思い切って答える。 男はただ怪しとのみ女の顔を打ち守る。女は尺に足らぬ紅絹の衝立に、花よりも美くしき顔・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 一度途切れた村鍛冶の音は、今日山里に立つ秋を、幾重の稲妻に砕くつもりか、かあんかあんと澄み切った空の底に響き渡る。「あの音を聞くと、どうしても豆腐屋の音が思い出される」と圭さんが腕組をしながら云う。「全体豆腐屋の子がどうして、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その声は力なく、途切れ途切れではあったが、臨終の声と云うほどでもなかった。彼女の眼は「何でもいいからそうっとしといて頂戴ね」と言ってるようだった。 私は義憤を感じた。こんな状態の女を搾取材料にしている三人の蛞蝓共を、「叩き壊してやろう」・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 吉里の涙に咽ぶ声がやや途切れたところで、西宮はさぴたを拭っていた手を止めて口を開いた。「私しゃ気の毒でたまらない。実に察しる。これで、平田も心残りなく古郷へ帰れる。私も心配した甲斐があるというものだ。実にありがたかッた」 吉里・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・三二年から足かけ十三年の間に、わたしが奴隷の言葉をもってにしろ、ものをかき発表することの出来たのは、途切れ途切れに三年と九ヵ月だけであった。 一九四七年十二月〔一九四八年一月〕・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・ れんは思いがけないことなので、考えながら途切れ途切れに答えた。「はい――はい」 然し、程なく云われたことの全部の意味を理解すると、彼女の胡麻塩の頭の先から爪先まで、何とも云えず嬉しそうな光が、ぱあっと流れさした。 れんは、・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・だんだん途切れ途切れになり、急に近く大きく聴えたかと思うと、スーッと微になる。いきなり、「一ちゃん」 一太ははっとしてあっちこっち見廻した。「ちょっとこっちへおいで」「ほら、一ちゃん、おばさんが何か御用だよ」 一太は立っ・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・第一に手がかじかんで、私のこの一ヵ月継続中の風邪のもとは、つい炭が途切れかかったときの記念です。 それにつれて、昔芥川龍之介の書いていた支那游記のなかのことを思い出します。或る支那の文人に会いに行ったら、紫檀の高い椅子卓子、聯が懸けられ・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・看守と雑役とが途切れ、途切れそのことについて話すのを、留置場じゅうが聞いている。二つの監房に二十何人かの男が詰っているがそれらはスリ、かっぱらい、無銭飲食、詐欺、ゆすりなどが主なのだ。 看守は、雑役の働く手先につれて彼方此方しながら、・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫