・・・――(汽車の食堂は普通の食堂シベリアに雪はあるかと訊いた男が通路のむこう側のテーブルでやっぱりクロパートカをたべている伴れの眼鏡に話しかけた。 ――どうだね、君んところのは? 目立たぬ位肩をもちあげ、 ――まあこんなもんだろう。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・鳥打帽をかぶり、半外套をひっかけた大きな体の連中が、二人分の座席に三人ずつ腰かけ、通路まで三重ぐらいに詰って、黙って、ミッシリ、ミッシリ押し合っている。 電車は段々モスク市の中心をはずれた。 東南の終点で降りると、工場街だ。広場を前・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・そういう技術的な専門通路が、からたち垣の一重外を通っているのであるから、自然、うちへも何度か顔を見せぬ君子が出没した。 私が六つぐらいだった或る夏の夜、蚊帳を吊って弟たち二人はとうにねかされ、私だけ母とその隣りの長四畳の部屋で、父のテー・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・案内の若い、労働通信員をしている技師と工場内の花の咲いたひろい通路を歩いていたら、こっちでは電熱炉で鉄を溶かしている鍛冶部の向い側のどこかで、嬉しそうなピアノの音がしはじめた。「セルマシストロイ」は巨大工場で未完成だ。各部がまだクラブを・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・そこを歩いてゆくとだんだん通路が爪先あがりになっていくみたいだ。一定の方向をむいてあんまり静粛にどっさり並んでいる人間の間をひとりだけ歩いているとそんな気になるのだ。 白い壁について煌々あたりを輝やかしているいくつもの電燈のカーボン線を・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・若し通路に危険がなく、公園にでも近ければ、子供は独りで一定の時間まで遊ばせられる。朝顔を洗うこと、挨拶すること、自分の着物を出来る丈自分で始末して、玩具や靴、帽子等に対して責任感を持たせられる。小さいながら、年相当一人の紳士とし、又は淑女と・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・きまった通路を、きまった場所へ、きまった目的のために、きまった時間内にしか歩かせられない。一本の通路の、どっち側を歩くかということさえ歩く人間の気まかせにはさせられない歩行の間、特に独房にいるものは、自分の一歩、一歩を体じゅうで味い、歩くと・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 俥が漸々入る露路のとっつきにある彼女等の格子戸は、前に可愛い二本の槇を植えて、些か風情を添えて居るものの、隣家の煉瓦塀に面して、家への通路らしい落付きは何処にも無かった。 朝、日が昇ると一緒に硝子窓から射込む光線が縞に成って寝室に・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・脆弱であった四肢には次第に充実した筋力が満ち男性は山野を馳け廻って狩もすれば、通路の安全を妨げる大岩も楽々揺がせるようになる。 女性は、いつかふくよかな胸と輝く瞳とを得、素朴な驚異の下に、新たな生命をこの地上に齎して来る。――毛皮を纏い・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・であるが、しかしタリム盆地で発達した芸術や宗教がシナの本部の方へ入り込んで来る際に、敦煌から蘭州を経て長安や洛陽の古い文化圏に来たことは確かであろうし、蘭州と長安との中ほどにある麦積山がこの文化流入の通路にあって、いち早くその感化を受けたで・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫