この一編は、頃日、諭吉が綴るところの未定稿中より、教育の目的とも名づくべき一段を抜抄したるものなれば、前後の連絡を断つがために、意をつくすに足らず、よってこれを和解演述して、もって諸先生の高評を乞う。 教育の・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・からざるところはあるべからずとの旨を主張し、内にありては人生の一身一家の世帯より、外に出ては人間の交際、工商の事業にいたるまで、事の大小遠近の別なく、一切万事、我が学問の領分中に包羅して、学事と俗事と連絡を容易にするの意なり。語をかえていえ・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・中央鉄道は聯絡したかしらッ。支那問題はどうなったろう。藩閥は最う破れたかしらッ。元老も大分死んでしまったろう。自分が死ぬる時は星の全盛時代であったが今は誰の時代かしらッ。オー寒い寒い何だかいやに寒くなってきた。どこやらから娑婆の寒い風を吹き・・・ 正岡子規 「墓」
・・・雲がかかっている、僕はそれを少し押しながら進んだ、海すずめが何重もの環になって白い水にすれすれにめぐっている、かもめも居る、船も通る、えとろふ丸なんて云う荷物を一杯に積んだ大きな船もあれば白く塗られた連絡船もある。そうそう、そのとき僕は北海・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ ――明日どうせせわしいんだから、ちゃんと今日荷物しとかなけりゃいけない。 連絡船は十二時に出る。一週間に一度である。 或るステーションを通過し構内へさしかかると、大きな木の陸橋が列車の上に架けられているのを見た。それは未完成で・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ある種の人々が、さっそく、個人個人で、こっそりと役所へ連絡をつけ「自分として」問題の解決を急いだ。文芸家協会として、まとまった有効な抗議もされなかった。日本の文化は、もうすでに文化を守る生活力を失っていたのであった。 一九三三年の春、プ・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・切角イサベルが興奮し、熱烈になっても、何処にも其に交響する温い心の連絡が感じられない。従って、彼女の興奮は不自然に孤独で、何処となく無理、「芝居」の淋しさが、見る者の眼に湧上って来るのである。 若し実際の生活の中にある場合なら、到底イサ・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・では、ソヴェト演劇においてこれまでほとんどつかわれなかった子役の形でピオニェールを出し、ごく自然な明るさで、農村と都会の集団農場中央との連絡として重大な役割を演じさせている。 これなども劇の現実性を高めている。 五月二日ソヴェトの勤・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ お絹に、遺品として蛇を貰ったところと、お里の家へ忍び込む気になったところまで、感情の連絡に乏しい感じはなかったろうか。 私の心持から見ると、此「両国の秋」と云う芝居は脚本の根本に、何かお絹なりお君なりを、充分活かし切らないものがあ・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・私はこの手紙に論理的連絡の欠けている事を知っています。しかしそれはかまいません。私はもうこの手紙を書き初めた時の目的を達しました。 空が物すごく晴れて月が鋭く輝いています。虫の音は弱々しく寂れて来ました。私は今あなたと二人で話に夜をふか・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫