・・・おおぜいの登場者の配置に遠近のパースペクチーヴがなく、粗密のリズムがないから画面が単調で空疎である。たとえば大評定の場でもただくわいを並べた八百屋の店先のような印象しかない。この点は舶来のものには大概ちゃんと考慮してあるようである。第三には・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規でどちらが杓子だか分らなくなったりするためにこの世の中に喧嘩が絶えない。しかし、またそのおかげで科学が栄え文学が賑わうばかりでなく、批評家といっ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・それでいて山水遠近の配置が決して単調でなく、大様で少しもせせこましくない変化を豊富に示している。 岩手山は予期以上に立派な愉快な火山である。四辺の温和な山川の中に神代の巨人のごとく伝説の英雄のごとく立ちはだかっている。富士が女性ならばこ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・これに反してわざと輪郭をくずして描くと生気が出て来て運動や遠近を暗示する。これはたしかに科学的にも割合簡単に説明のできる心理的現象であると思った。同時に普通の意味でのデッサンの誤謬や、不器用不細工というようなものが絵画に必要な要素だという議・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・打ち返されて露出している土でも乾燥の程度や遠近の差でみんなそれぞれに違った色のニュアンスがある。それらのかなりに不規則な平面的分布が、透視法という原理に統一されて、そこに美しい幾何学的の整合を示している。これらの色を一つ取りかえても、線を一・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・この黄味の強い赤い夕陽の光に照りつけられて、見渡す人家、堀割、石垣、凡ての物の側面は、その角度を鋭く鮮明にしてはいたが、しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少の濃淡をもつけないので、堀割の眺望はさながら旧式の芝居の平い書割としか思・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・黒い柳を濃く薄く、遠近とかいて、寒むそうな漁夫が笠を傾けて土手の上を通る。床には海中文殊の軸が懸っている。焚き残した線香が暗い方でいまだに臭っている。広い寺だから森閑として、人気がない。黒い天井に差す丸行灯の丸い影が、仰向く途端に生きてるよ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ひとり私塾においては、遠近の人相集り、その交際ただ読書の一事のみにて他に関係なければ、たがいにその貴賤貧富を論ずるにいとまあらず。ゆえに富貴は貧賤の情実を知り、貧賤は富貴の挙動を目撃し、上下混同、情意相通じ、文化を下流の人に及ぼすべし。その・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・家を移すに豆腐屋と酒屋の遠近をば念を入れて吟味し、あるいは近来の流行にて空気の良否など少しく詮索する様子なれども、肺に呼吸する空気を論ずるを知りて、子供の心に呼吸する風俗の空気を論ずる者あるを聞かず。世の中には宗旨を信心して未来を祈る者あり・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・を手軽にみなして、いかなる俗世界の些末事に関しても、学理の入るべからざるところはあるべからずとの旨を主張し、内にありては人生の一身一家の世帯より、外に出ては人間の交際、工商の事業にいたるまで、事の大小遠近の別なく、一切万事、我が学問の領分中・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫