・・・もって悠然、世と相おりて、遠近内外の新聞の如きもこれを聞くを好まず、ただ自から信じ自から楽しみ、その道を達するに汲々たれば、人またこれに告ぐるに新聞をもってする者少なく、世間の情態、また何様たるを知らず、社中自からこの塾を評して天下の一桃源・・・ 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
・・・梅遠近南すべく北すべく閑古鳥寺見ゆ麦林寺とやいふ山人は人なり閑古鳥は鳥なりけり更衣母なん藤原氏なりけり 最も奇なるはをちこちをちこちと打つ砧かなの句の字は十六にして調子は五七五調に吟じ得べきがごとき。・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
一 ぼんやり薄曇っていた庭の風景が、雲の工合で俄に立体的になった。近くの暗い要垣、やや遠いポプラー、その奥の竹。遠近をもって物象の塊が感じられ、目新しい絵画的な景色になった。ポプラーの幹が何と黒々・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ 更に、思わず私たちの唇をほころばせ、つづいてその画魂に愉快を覚えるのは、宗達がこの三人ずつの一組のところで、遠近法というものを、さかさまにしている点である。 こんな小さい縮写でさえ、力量の目ざましさにうたれる宗達が、遠くに在るもの・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ 中国の社会を歴史の遠近もはっきりつけてヨーロッパの心の上に、くっきり映してみせたパール・バックの作品は、世界文学の上にも意義をもっている。彼女の芸術は、東洋をうつす卓抜な鏡の一つであった。 近代日本の権力が、中国に対してはいつ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ゴーリキイは感受性の鋭い、智的というより感覚的な作家であって、目撃した人間の微細な動作、声や目の感じなど鋭利にとらえているけれども、人間と人間との輪廓、人間と人間との間に生じている遠近法などの把握では、常に何か茫漠としている。そういう部分が・・・ 宮本百合子 「長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ」
・・・萬縣での流血の闘争など、もっと色彩づよく描写され、同時に揚子江の壮大な自然や白人の日常生活の姿などが遠近をもって描き出されたら、この作品は一層面白く、芸術的な香気をもたかめたことであろうと思われる。作者は、取扱おうとしている現実にはよく通じ・・・ 宮本百合子 「「揚子江」」
・・・常の者でただいまの九段あたりの内地へ足を踏み込んだ人はなかッたが、そのすこし前の戦争の時にはこの高処へも陣が張られたと見えて、今この二人がその辺へ来かかッて見回すとちぎれた幕や兵粮の包みが死骸とともに遠近に飛び散ッている。この体に旅人も首を・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫