・・・この二つの場合のどちらが蓄音機のレコードに適するかを一般的概念的に論断するのは困難ではあるまいか。 蓄音機が完成した暁に望み得られることのうちで私が好ましいと思う一つのものは、あらゆる「自然の音」のレコードである。たとえば山里の夜明けに・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・う変異の各相の中に未来の好適種の可能性が存するとすれば、われわれはむしろこの際できる限りの型式のヴェリエーションを尽くして選良候補者のストックを豊富にして、それらを生存競争の闘技場に送り込むのも時宜に適するものではないか、ということである。・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・たとえば石垣のような役目に適する。もっとも石垣というものは存外くずれやすいものだということは承知しておく必要がある。 七 むかでの歩くのを見ていると、あのたくさんの足が実に整然とした運動をしている。一種の疎密波が・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・この家はレデーの所有にて室内の装飾の立派なるはもちろん室々はことごとく電気灯を用いよき召使を雇い高尚優雅なる生活に適するように意を用い候。宿料は一週三十三円に御座候。あるいは御気に召さぬかと存じ候えども、御出被下候えば喜こんで室々御案内可仕・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ギリシャ語は哲学に適し、ラティン語は法律に適するといわれる。日本語は何に適するか。私はなおかかる問題について考えて見たことはないが、一例をいえば、俳句という如きものは、とても外国語には訳のできないものではないかと思う。それは日本語によっての・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・ 一国の政治は、いかにもその人民の智愚に適するのみならず、またその性質にも適せざるべからず。然るに論者は性急にして、鏡に対して反射の醜なるを咎め、瓜に向いて茄子たらざるを怒り、その議論の極意を尋ぬれば、実物にかかわらずして反射の影を美な・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・すなわち公議輿論の一変したるものなれば、この際にあたりて徳教の働ももとより消滅するに非ずといえども、おのずから輿論に適するがために、大いにその装を改めざるをえざるの時節なり。たとえば在昔は、君臣の団結、国中三百所に相分れたる者が、今は一団の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・人類は動物学上混食に適するようにできている。歯の形状から見てもわかる。草食獣にある臼歯もあれば肉食類の犬歯もある。混食をしているのが人類には一番自然である。そう出来てるのだから仕方ない。それをどう斯う云うのは恩恵深き自然に対して正しく叛旗を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・この科学者は「私は婦人が高度な知能活動に適するとは思わない」という意味の言葉を書いているのであった。女である私たちは、大科学者のこの言葉によって一度は確にしょげるのだけれど、やがてこころひそかな勇気を自分たちの内に感じると思う。何故なら、す・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫