・・・画工、猛然として覚む。魘われたるごとく四辺をみまわし、慌しく画の包をひらく、衣兜のマッチを探り、枯草に火を点ず。野火、炎々。絹地に三羽の烏あらわる。凝視。彼処に敵あるがごとく、腕を挙げて睥睨す。画工 俺の画を見ろ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・これまさしく伊豆の山人、野火を放ちしなり。冬の旅人の日暮れて途遠きを思う時、遥かに望みて泣くはげにこの火なり。 伊豆の山燃ゆ、伊豆の山燃ゆと、童ら節おもしろく唄い、沖の方のみ見やりて手を拍ち、躍り狂えり。あわれこの罪なき声、かわたれ時の・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・春になればし、雪こ溶け、ふろいふろい雪の原のあちこちゆ、ふろ野の黄はだの色の芝生こさ青い新芽の萌えいで来るはで、おらの国のわらわ、黄はだの色の古し芝生こさ火をつけ、そればさ野火と申して遊ぶのだおん。そした案配こ、おたがい野火をし距て、わらわ・・・ 太宰治 「雀こ」
・・・ 西北隣のロシアシベリアではあいにく地震も噴火も台風もないようであるが、そのかわりに海をとざす氷と、人馬を窒息させるふぶきと、大地の底まで氷らせる寒さがあり、また年を越えて燃える野火がある。決して負けてはいないようである。 中華民国・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・それから川岸の細い野原に、ちょろちょろ赤い野火が這い、鷹によく似た白い鳥が、鋭く風を切って翔けた。楢ノ木大学士はそんなことには構わない。まだどこまでも川を溯って行こうとする。ところがとうとう夜になった。今はも・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫