・・・桜の春、また雪の時なんぞは、その緋牡丹の燃えた事、冴えた事、葉にも苔にも、パッパッと惜気なく金銀の箔を使うのが、御殿の廊下へ日の射したように輝いた。そうした時は、家へ帰る途中の、大川の橋に、綺麗な牡丹が咲いたっけ。 先刻のあの提灯屋は、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・またどういう仔細があったか知らぬが、維新の際に七十万両の古金銀を石の蓋匣に入れて地中に埋蔵したそうだ。八兵衛の富力はこういう事実から推しても大抵想像される。その割合には名前が余り知られていないが、一生の事業と活動とは維新の商業史の重要な頁を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・下には窓があって、一つのガラス窓の中には、それは美しいものばかりがならべてありました。金銀の時計や、指輪や、赤・青・紫、いろいろの色の宝石が星のように輝いていました。また一つの窓からは、うすい桃色の光線がもれて、路に落ちて敷石の上を彩ってい・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・御殿は金銀で飾られていますし、都は広く、にぎやかで、きれいでございます。」と、家来は答えました。 お姫さまは、うれしく思われました。しかし、なかなか注意深いお方でありましたから、ただ一人の家来のいったことだけでは、安心をいたされませんで・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・入口の隅のクリスマスの樹――金銀の眩い装飾、明るい電灯――その下の十いくつかのテーブルを囲んだオールバックにいろいろな色のマスクをかけた青年たち、断髪洋装の女――彼らの明るい華かな談笑の声で、部屋の中が満たされていた。自分は片隅のテーブルで・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ やがて女は何程か知れぬが相当の金銀を奉書を敷いた塗三宝に載せて持て来て男の前に置き、「私軽忽より誤って御足を留め、まことに恐れ入りました。些少にはござりますれど、御用を御欠かせ申しましたる御勘弁料差上げ申しまする。何卒御納め下され・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・さえ口走り、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっと抓んだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子のように真赤に燃え、絨毯のうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら・・・ 太宰治 「創生記」
・・・のっぺりの中へ少しこまこまと金銀紫銅のモール。昼食か、そこへおきな。 三 黄は睨み朱は吼える、プルシアンブルーはうめく。鏝で勢いよくきゅうとなでて、ちりちりぱっとくくりをつけて、パイプをくわえて考え込んで、モ・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
・・・天井につるした金銀色の蠅除け玉に写った小さい自分の寝姿を見ていると、妙に気が遠くなるようで、からだがだんだん落ちて行くようななんとも知れず心細い気がする。母上はもううちへ帰りついて奥の仏壇の前で何かしていられるかと思うとわけもなく悲しくなる・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ 源さんは火鉢の傍に陣取って将棊盤の上で金銀二枚をしきりにパチつかせていたが「本当にさ、幽霊だの亡者だのって、そりゃ御前、昔しの事だあな。電気灯のつく今日そんな箆棒な話しがある訳がねえからな」と王様の肩へ飛車を載せて見る。「おい由公御前・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫