・・・僕はその池のほとりへ来た時、水の中の金魚が月の光に、はっきり数えられたのも覚えている。池の左右に植わっているのは、二株とも垂糸檜に違いない。それからまた墻に寄せては、翠柏の屏が結んである。その下にあるのは天工のように、石を積んだ築山である。・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ただ、魚類に至っては、金魚も目高も決して食わぬ。 最も得意なのは、も一つ茸で、名も知らぬ、可恐しい、故郷の峰谷の、蓬々しい名の無い菌も、皮づつみの餡ころ餅ぼたぼたと覆すがごとく、袂に襟に溢れさして、山野の珍味に厭かせたまえる殿様が、これ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・私が一番生捕って、御覧じろ、火事の卵を硝子の中へ泳がせて、追付け金魚の看板をお目に懸ける。……」「まったく、懸念無量じゃよ。」と、当御堂の住職も、枠眼鏡を揺ぶらるる。 講親が、「欣八、抜かるな。」「合点だ。」 ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・狼、のしのしと出でてうかがうに、老いさらぼいたるものなれば、金魚麩のようにて欲くもあらねど、吠えても嗅いでみても恐れぬが癪に障りて、毎夜のごとく小屋をまわりて怯かす。時雨しとしとと降りける夜、また出掛けて、ううと唸って牙を剥き、眼を光らす。・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・先生……金魚か、植木鉢の草になって、おとなしくしていれば、実家でも、親類でも、身一つは引取ってくれましょう。私は意地です、それは厭です。……この上は死ぬほかには、行き処のない身体を、その行きどころを見着けました。このおじさんと一所に行きます・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「お父さん金魚が死んだよ、水鉢の金魚が」「おんちゃん金魚がへんだ。金魚がへんだよおんちゃん」「へんだ、おっちゃんへんだ」 奈々子は父の手を取ってしきりに来て見よとの意を示すのである。父はただ気が弱い。口で求めず手で引き立てる・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・「この川の中に、金魚がいるよ。」と、その魚を見た子供がいいました。「なんで、この川の中に金魚なんかがいるもんか、きっとひごいだろう。」と、ほかの子供がいいました。「ひごいなんか、なんでこの川中にいるもんか。それはお化けだよ。」と・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・君、金魚だって、お湯の中へいれれば死んでしまうだろう?」と、相手の少年は、いいました。 吉雄は、なるほどと思いました。いくら寒くたって、金魚をお湯の中にいれることはできない。そのかわり、たとえ水がこおっても、金魚は、生きていることを、思・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・うまく根といっしょに引き抜かれたなら、家に持って帰って、金魚の入っている水盤に植えようと空想していたのでした。 このとき、あちらの道を歩いてくる人影を見ました。よく、見ると、洋服を被た、一人の紳士でした。「どこへゆくのだろう?」・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・また、小鳥や、金魚などをもかわいがりました。なんでも小さな、自分より弱い動物を愛したのであります。 三郎の隣に、おばあさんが住んでいました。そのおばあさんは、一ぴきの猫を飼っていました。その猫は、よく三郎の家へ遊びにきました。くると三郎・・・ 小川未明 「少年の日の悲哀」
出典:青空文庫