・・・それで少しは涼しくもなろうと申すものじゃ。鋳物師も陶器造も遠慮は入らぬ。二人ともずっとこの机のほとりへ参れ。鮓売の女も日が近くば、桶はその縁の隅へ置いたが好いぞ。わ法師も金鼓を外したらどうじゃ。そこな侍も山伏も簟を敷いたろうな。「よいか・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ちょうど、それは鋳物で造られた鳥か、また、剥製のように見られたのでありました。 男は、夜おそくまで、障子を開け放して、ランプの下で仕事をすることもありました。夏になると、いつも障子が開けてありましたから、外を歩く人は、この室の一部を見上・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・こんなとき、いつも雑談の中心となるのは、鋳物工で、鉄瓶造りをやっていた、鼻のひくい、剛胆な大西だった。大西は、郷里のおふくろと、姉が、家主に追立てを喰っている話をくりかえした。「俺れが満洲へ来とったって、俺れの一家を助けるどころか家賃を・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・昔から蟾蜍の鋳物は古い水滴などにもある。醜いものだが、雅はあるものだ。あれなら熔金の断れるおそれなどは少しも無くて済む。」 好意からの助言には相違無いが、若崎は侮辱されたように感じでもしたか、「いやですナア蟾蜍は。やっぱり鵞鳥で苦み・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・建築の場合に鋳物は鋳物、ガラスはガラスというふうに別々にまとめて作らるると同様である。 こういうふうにしてできあがった部分品を今度は組み立てて行く「総合」「取り付け」の仕事がこれからようやく始まる。すなわち芸術家としての映画監督の主要な・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ もし空想をたくましゅうすることを許されれば、最初は宗教的儀式としてやっていた事が偶然鐘の音に対してある有利な効果のある事を発見し、次いでそれが鋳物の裂罅から来る音響学的欠点を修正するためだということに考え及び、そうして今度は意識的にそ・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・彼らの仕事しながらの会話によって対岸の廃工場が某の鋳物工場であった事、それがようやく竣成していよいよ製造を始めようとするとたんに経済界の大変動が突発してそのまま廃墟になってしまった事などを知った。 絵の具箱を片付けるころには夕日が傾いて・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・あの瓦の形を近頃秀真と云う美術学校の人が鋳物にして茶托にこしらえた。そいつが出来損なったのを僕が貰うてあるから見せようとて見せてくれた。十五枚の内ようよう五枚出来たそうで、それも穴だらけに出来て中に破れて繕ったのもあるが、それが却って一段の・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・N教授の所へは同じ鋳物の象が来たそうである。たぶんみやげにでもするつもりでB教授が箱根あたりの売店で買い込んであったものかと思われた。せっかくの形見ではあるがどうも自分の趣味に合わないので、押し入れの中にしまい込んだままに年を経た。大掃除の・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・陶磁器漆器鋳物その他大概のものはある。ここも今代の工芸美術の標本でありまた一般の趣味好尚の代表である。なんでもどちらかと言えばあらのない、すべっこい無疵なものばかりである。いつかここでたいへんおもしろいと思う花瓶を見つけてついでのあるたびに・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
出典:青空文庫