・・・それができたらそれこそほんとうの芸術としての漫画映画の新天地が開けるであろうと思われる。現在の怪奇を基調とした漫画は少しねらいがはずれているのではないか。実在の人間に不可能で、しかも人間の可能性の延長であり人間の欲望の夢の中に揺曳するような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 宮川の二階へ上って、裏窓の障子を開けると雪のつもった鄰の植木屋の庭が見える一室に坐るが否や、わたしは縷々として制作の苦心を語りはじめた。唖々子は時々長い頤をしゃくりながら、空腹に五、六杯引掛けたので、忽ち微醺を催した様子で、「女の文学・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・口を開けるはギニヴィアである。「罪ありと我を誣いるか。何をあかしに、何の罪を数えんとはする。詐りは天も照覧あれ」と繊き手を抜け出でよと空高く挙げる。「罪は一つ。ランスロットに聞け。あかしはあれぞ」と鷹の眼を後ろに投ぐれば、並びたる十・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・軍艦の場合などでは、それをどうして沈めるか、どうして穴を開けるかを、絶えず研究していることは、誰だって知ってることだ。 軍艦とは浮ぶために造られたのか、沈むために造られたのか! 兵隊と云うものは、殺すためにあるものか、殺されるためにある・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・と、お梅が急いで障子を開けると、ぱたぱたぱたぱたと廊下を走る草履の音が聞えた。「まア」と、お梅の声は呆れていた。 四「どうしたんだ」と、西宮は事ありそうに入ッて来たお梅を見上げた。「善さんですよ。善さんが覗い・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・わたくしは戸を開けるつもりで戸の傍に歩み寄って、ただちょっとあなたの御様子を開ける前に見たいと存じただけでございます。あなたは心理学者でいらっしゃいますから、これがまたひどく女らしい振舞だとお思いなさいましょうね。 あの一刹那にわたくし・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ まだ入口を開けるに一時間半も間があるのにおまえだけそっと入れてやったのだ。 それにそんなに高く泣いて表の方へ聞えたらみんな私に故障を云って来るんでないか。そんなに泣いていけないよ。どうしてそんなに泣いてんだ。」 私はやっと云い・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・無精で呑気で仇気ない愛嬌があって、嫋やかな背中つきで、恋心に恍惚しながら、クリストフと自分との部屋の境の扉を一旦締めたらもう再び開ける勇気のなかったザビーネ。白く美しい強壮な獣のようなアダ。フランスの堅気な旧教的な美を代表するアントワネット・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ 女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸を繰り開ける。外は相変らず、灰色の空から細かい雨が降っている。暑くはないが、じめじめとした空気が顔に当る。 女中は湯帷子に襷を肉に食い入るように掛けて、戸を一枚一枚戸袋に繰り入れている。額には汗がに・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 彼は病室のドアーを開けると妻の傍へ腰を降ろした。大きく開かれた妻の眼は、深い水のように彼を見詰めたまま黙っていた。「もう直ぐ、だんだんお前も良くなるよ。」と彼はいった。 妻は、今はもう顔色に何の返事も浮べなかった。「お前は・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫