・・・何でも、同じ御堂に詣っていた連中の中に、背むしの坊主が一人いて、そいつが何か陀羅尼のようなものを、くどくど誦していたそうでございます。大方それが、気になったせいでございましょう。うとうと眠気がさして来ても、その声ばかりは、どうしても耳をはな・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・曰く、「京管領細川右京太夫政元は四十歳の比まで女人禁制にて、魔法飯綱の法愛宕の法を行ひ、さながら出家の如く、山伏の如し、或時は経を読み、陀羅尼をへんしければ、見る人身の毛もよだちける。されば御家相続の子無くして、御内、外様の面、色諫め申しけ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・目をねむッて気を落ちつけ、一心に陀羅尼経を読もうとしても、脳の中には感じがない。「有にあらず。無にあらず、動にあらず、静にあらず、赤にあらず、白にあらず……」その句も忍藻の身に似ている。 人の顔さえ傍に見えれば母はそれと相談したくなる。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫