・・・たとえば磯九郎という男は、勇者の随伴をして牛の闘を見にまいりますと、ふと恐ろしい強い牛が暴れ出しまして、人々がこれを取り押えることが出来ぬという場合、牛に向って来られたので是非なく勇者たる小文吾がその牛を取り挫いで抑えつけます。そこで人々は・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・一粒の草花の種子が発芽してから満開するまでの変化を数分の間に完了させることもできる一方では、また、弾丸が銃口を出て行く瞬間にこれに随伴する煙の渦環や音波の影の推移をゆるゆると見物することもできる。眠っているように思っている植物が怪獣のごとく・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・新しい芸術的革命運動の影には却って古い芸術の復活が随伴するように、新しい科学が昔の研究に暗示を得る場合は甚だ多いようである。これに反して新しい方面のみの追究は却って陳腐を意味するようなパラドックスもないではない。かくのごとくにして科学の進歩・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・もちろん若いころには免れ難い卑近な名誉心や功名心も多分に随伴していたことに疑いはないが、そのほかに全く純粋な「創作の歓喜」が生理的にはあまり強くもないからだを緊張させていたように思われる。全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・御馳走の直接の結果であるか、それとも御馳走に随伴する心身の疲労のためだかその点は分からないが、とにかく事実そういう場合が多いらしい。 昔から、粗食が長寿の一法だとの説がある。これは考えてみると我がM君の説を裏側から云ったもののように思わ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・たぶん温度が急激に降下するときに随伴する感覚であって、しかもそれはすぐに飽和される性質のものであるから、この感覚を継続させるためには結局週期的の変化が必要になると考えられる。 子供の時分、暑い盛りに背中へ沢山の灸をすえられた経験があるが・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・いかなる測定をなす際にも直接間接に定め得る数量の最後の桁には偶然が随伴す。多くの世人は精密科学の語に誤られてこの点を忘却するを常とす。 一層偶然の著しき場合は、例えば鉛筆を尖端にて直立せしめ、これがいずれの方向に倒るるかという場合、ある・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ただ悲哀に随伴する現実的利害関係が迷惑なのである。 悲しくない泣き方もいろいろある。あんまりおかしくて笑いこけても涙が出るが、笑うのと泣くのは元来紙一重だからこれは当然である。しかし感情的でない泣き方もいろいろあるのであって、その一特例・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・子を知るには一体どこを捜せばよいかというと、それはおそらく颱風の全勢力を供給する大源泉と思われる北太平洋並びにアジア大陸の大気活動中心における気流大循環系統のかなり明確な知識と、その主要循環系の周囲に随伴する多数の副低気圧が相互に及ぼす勢力・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・の観念に随伴して来る重大な要素は「不可逆」ということである。この要点は時を空間化するために往々閑却されるものである。空間の前後は観者の位置をかえれば逆になるが時間は一方にのみ向かって流れている。抽象的な数学から現実の自然界に移ってその現象を・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
出典:青空文庫