・・・青き頭巾を眉深に被り空色の絹の下に鎖り帷子をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈もなく舷から飛び上る。はなやかな鳥の毛を帽に挿して黄金作りの太刀の柄に左の手を懸け、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽げに石段の上に移すのはローリーか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・十二月の十日ごろまでは来たが、その後は登楼ことがなくなり、時々耄碌頭巾を冠ッて忍んで店まで逢いに来るようになッた。田甫に向いている吉里の室の窓の下に、鉄漿溝を隔てて善吉が立ッているのを見かけた者もあッた。 十 午時過・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・白い鬚がよごれている。頭巾の附いた、鼠色の外套の長いのをはおっているが、それが穴だらけになっている。爺いさんはパンと腸詰とを、物欲しげにじっと見ている。 一本腕は何一つ分けてやろうともせずに、口の中の物をゆっくり丁寧に噬んでいる。 ・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・美人かな旅芝居穂麦がもとの鏡立て身に入むや亡妻の櫛を閨に蹈む門前の老婆子薪貪る野分かな栗そなふ恵心の作の弥陀仏書記典主故園に遊ぶ冬至かな沙弥律師ころり/\と衾かなさゝめこと頭巾にかつく羽折かな孝行な子供等に蒲・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・しかしその赤頭巾は、苔のかんむりでしょう。私のではありません。私の冠は、今に野原いちめん、銀色にやって来ます。」 このことばが、もうおみなえしのきもを、つぶしてしまいました。「それは雪でしょう。大へんだ。大へんだ。」 ベゴ石も気・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・鶏の黒い尾を飾った頭巾をかぶり、あの昔からの赤い陣羽織を着た。それから硬い板を入れた袴をはき、脚絆や草鞋をきりっとむすんで、種山剣舞連と大きく書いた沢山の提灯に囲まれて、みんなと町へ踊りに行ったのだ。ダー、ダー、ダースコ、ダー、ダー。踊った・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・元村長をした人の後家のところでは一晩泊って、綿入れの着物と毛糸で編んだ頭巾とを貰った。古びた信玄袋を振って、出かけてゆく姿を、仙二は嫌悪と哀みと半ばした気持で見た。「ほ、婆さま真剣だ。何か呉れそうなところは一軒あまさずっていう形恰だ」・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 往来所見 ○毛糸の頭巾をかぶった男の子二人、活動の真似をして棒ちぎれを振廻す ○オートバイ 「このハンドルの渋いの気に入らん」 とめたまま爆発の工合を見て居る。 女の言葉の特長・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・老年になってからは、君前で頭巾をかむったまま安座することを免されていた。当代に追腹を願っても許されぬので、六月十九日に小脇差を腹に突き立ててから願書を出して、とうとう許された。加藤安太夫が介錯した。本庄は丹後国の者で、流浪していたのを三斎公・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「こんな奴置く位なら、石の頭巾冠ってる方が、ましじゃ。」 勘次は今が引き時だと思った。そして、そのまま黙って帰りかけると、秋三は彼を呼びとめた。「勘公、此奴をどうするつもりや。」「どうするって、こちゃ知らんわ。」「知らん・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫