・・・彼は自殺の一二年前から、その作品の風貌を全く変へたが、これがニイチェの影響であつたことは、その「歯車」「西方の人」「河童」等の作品によく現れて居る。且つ彼はそのエッセイにも、ニイチェの標題をそのままイミテートして「文芸的な、あまりに文芸的な・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・私たちが見なれているカール・マルクスの写真は、がっちりとした精気あふれる顔のぐるりを房飾りのようなすき間ない鬚で囲われた風貌である。この写真のカールは、見なれたそれらの写真の顔よりもまだずっと若い。広い額が内面の充実した重さでいくらか傾き、・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ふっくりした朗かな顔だち、真摯な誠実さのあらわれている風貌などお父さんそっくりです。金メダルを賞に貰って、マリアは女学校を卒業しました。が、その頃から益々切りつまって来た一家の経済のため、スクロドフスキーの娘たちは夫々自活の道を立てなければ・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・ ただ、余程以前、何かの講演会の席上で、つい目の前に、博士の精力的な、快活な丸い風貌に接した以外は、文学を通してだけの知己でありました。 私の周囲にそのくらいの深度の記憶を持った人々は多くあると思います。その中から、幾人ずつか一年の・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ 当時のジイドの風貌は黒羅紗の大きな帽子をかぶり、痩せて清らかで、同時に重々しく気取り、オスカア・ワイルドが「僕は君の唇が気に入らないんだ。一度も嘘をついたことのない奴の唇みたいに真直じゃないか」と笑いこけた、その唇から特異な言葉をぽつ・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・――そんな意味で、ひとりでに、極自由な、溌溂と全幅の真面目を発揮する氏の風貌に接する機会のなかったのは残念であった。〔一九二五年十二月〕 宮本百合子 「狭い一側面」
・・・だが、大詰の場面にパッと本物、次には全く本ものかと思うような、しかし人間で結んだところは奇抜で、メイエルホリドが、写真で見ても一風かわった風貌をもっている所以がうなずけるようだ。 動かない人形。つめたい人形。そういうものがもっている劇的・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・万一、香水に心は引かれても、後に立ってこちらを見ている男の風貌を眺めると、思わず手を引こめそうでさえある。 彼のすぐ隣には、けばけばした赤い模様布をどっさり並べ下げた更紗商人がいた。その先には、台を叩き叩き、大声で人を集めているバナナ屋・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・天錫の静かな慎しみぶかさや、生粋な中国の聰明さにみちた風貌は、淑貞のこころに東洋の香りを充満させた。 天錫はまた一目で見てとった。なつかしい故郷の化身のように生々と自分の前に現れた淑貞も、自分と同じようにここで孤独なのだ、ということを。・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ネーには、このグロテスクな中に弱味を示したナポレオンの風貌は初めてであった。「陛下、そのヨーロッパを征服する奴は何者でございます?」「余だ、余だ」とナポレオンは片手を上げて冗談を示すと、階段の方へ歩き出した。 ネーは彼の後から、・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫