・・・そのうちに僕は飛び立つが早いか、岩の上の河童へおどりかかりました。同時にまた河童も逃げ出しました。いや、おそらくは逃げ出したのでしょう。実はひらりと身をかわしたと思うと、たちまちどこかへ消えてしまったのです。僕はいよいよ驚きながら、熊笹の中・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・実際又ブランコ台の上には鴉が二三羽とまっていた、鴉は皆僕を見ても、飛び立つ気色さえ示さなかった。のみならずまん中にとまっていた鴉は大きい嘴を空へ挙げながら、確かに四たび声を出した。 僕は芝の枯れた砂土手に沿い、別荘の多い小みちを曲ること・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・そのうちに勝負の争いを生じ、一人の水夫は飛び立つが早いか、もう一人の水夫の横腹へずぶりとナイフを突き立ててしまう。大勢の水夫は二人のまわりへ四方八方から集まって来る。 6 仰向けになった水夫の死に顔。突然その鼻の穴から尻・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
・・・ 実は病人は貴方の御話を致しました処、そうでなくってさえ東京のお方と聞いて、病人は飛立つばかり、どうぞお慈悲にと申しますのは、私共からもお願い申して上げますのでございますが、誠に申しかねましたが、一晩お傍で寝かしくださいまして、そうして・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・の一言に飛び立つようにからだを向き直し、「えッ! もう、出たの?」と、問い返した。 吉弥の病気はそうひどくないにしても、罰当り、業さらしという敵愾心は、妻も僕も同じことであった。しかし、向うが黴毒なら、こちらはヒステリ――僕は、どち・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と、少年は、生まれ変わったようにじょうぶになると聞いて、驚きと喜びとに飛び立つように思いました。「ああ、それはほんとうだ。」と、おばあさんは答えました。そして、さっさとあちらへいってしまいました。 少年は、おばあさんから、いいことを・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・それは、つばめが、止まっていて、飛び立つときに、その糸を鳴らしたとみえます。そこには、バイオリンが一ちょうすすけた天じょうからつるされていました。彼は、よく見ると、それに小さな光る星のような、真珠がはいっていたのでした。「あ!」と、声を・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ けれど、晩には、お母さんのお顔が見られるのだと思うと真吉の心は、うれしくて飛び立つばかりでした。 やっと、半年ばかり前に、そこから汽車に乗って立った、町の停車場へ着くと、もうまったく暗くなっていました。そして雪が積もる上に、まだ降・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・いま、少年の描いた小鳥は、紙の上から翼ばたきをして飛び立つのではないかと思われました。そして、たったすこし前まで、自分はこの美しい自然に見とれていたのであるが、このきれいな緑色の木立も日の光も、山も、草も、みんなそのままに絵の具の色ですこし・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・小供心にも盲目になるかと思って居たのが見えたのですから、其時の嬉しかったことは今思い出しても飛び立つようでした。最も永い病気で医者にもかかれば、観行院様にも伴われて日朝様へ願を掛けたり、色々苦労したのです。其時日朝上人というのは線香の光で経・・・ 幸田露伴 「少年時代」
出典:青空文庫