・・・せきの水は濁って大へんに増し、幾本もの蓼やつゆくさは、すっかり水の中になりました。飛び込むのは一寸こわいくらいです。カン蛙は、けれども一本のたでから、ピチャンと水に飛び込んで、ツイツイツイツイ泳ぎました。泳ぎながらどんどん流されました。それ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・あいつはふざけたやつだねえ、氷のはじに立ってとぼけた顔をしてじっと海の水を見ているかと思うと俄かに前肢で頭をかかえるようにしてね、ざぶんと水の中へ飛び込むんだ。するとからだ中の毛がみんなまるで銀の針のように見えるよ。あっぷあっぷ溺れるまねを・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ みんなは淵へ飛び込むしたくをしました。一郎は楊の木にのぼりました。そのとき吉郎が、あの上流の粘土が足についていたために、みんなの前ですべってころんでしまいました。 みんなは、わあわあ叫んで、吉郎をはねこえたり、水にはいったりして、・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・みんなは淵へ飛び込む仕度をした。ぼくは楊の木にのぼった。そのとき吉郎が、たぶんあの上流の粘土が、足についたためだったろう、みんなの前ですべってころんでしまった。みんなは、わあわあ叫んで、吉郎をはねこえたり、水に入ったりして、上流の青い粘土の・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・精女は水煙をたてて川に飛び込む。小さな泡が二つ葦の根にうく。ペーン オオオ、シリンクス、お前は!しぼる様な細い声で云う。まわりの葦にひびいて夢の歎きの様な好い音を出す。ペーンはそれをジッとききながら、ペーン ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 青葉の下の飛び込み台から身をおどらし、若い女が水へ飛び込む。サッとたつ水煙。 さわやかな河風に労働者の群像が捧げている数条の赤旗は、小高い丘の上でいきいきとひるがえった。〔一九三一年五月〕・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・それでいて、その中に飛び込むのを留める何物かが心の中にあった。」臆病もあったが、「しかしそれよりもっと大きい原因は、流行に対する一種の反撥心みたいなものであった。彼は真面目な人は尊敬していた。だが日頃こいつがと思っているような軽薄な奴までが・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・それでも女は訴えるところがなく、セーヌ河へ赤ん坊をもって飛込むという恋愛、フランスの恋愛技術は男より数の多すぎる女の経済的必要から進歩しているかも知れないが、社会的にはそういう風な個人的なものである。 ソヴェトは恋愛が自由だというけれど・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・だが、自分はここではその点に触れることは暗示にとどめ、新感覚の内容作用へ直接に飛び込む冒険を敢てしようとするのである。さて、自分の云う感覚と云う概念、即ち新感覚派の感覚的表徴とは、一言で云うと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直感的・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・そこにある苦しい戦いは、裸になって冬の海に飛び込むことによっては、解決されそうにもなかった。私はただ自分のやり方で、自分の内生に、あの集中と純一とを獲得するほかはない。そのためには私のすべての戦いを終局まで戦わなくてはならぬ。勝利を得るまで・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫