鴎というのは、あいつは、唖の鳥なんだってね、と言うと、たいていの人は、おや、そうですか、そうかも知れませんね、と平気で首肯するので、かえってこっちが狼狽して、いやまあ、なんだか、そんな気がするじゃないか、と自身の出鱈目を白状しなければ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・あなたのおっしゃる事にも、また、佐伯君の申す事にも、一応は首肯できるような気がするのですけれど、もっと、つき進めた話を伺わないことには。」と、あくまで真面目くさった顔で言い、「コオヒイにしますか。それとも何か食べますか。とにかく何か、注文い・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ なるほど、と私は首肯し、その苦しさを持てあまして、僕のところへ、こうしてやって来るのかね、ひょっとしたら太宰も案外いいこと言うかも知れん、いや、やっぱり、あいつはだめかな? などとそんな気持で、ふらふらここへ来るのかね、もし、そうだっ・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・その夜は、おもに私と戸石君と二人で話し合ったような形になって、三田君は傍で、微笑んで聞いていたが、時々かすかに首肯き、その首肯き方が、私の話のたいへん大事な箇所だけを敏感にとらえているようだったので、私は戸石君の方を向いて話をしながら、左側・・・ 太宰治 「散華」
・・・ 青年は首肯した。 私たちのいま最も気がかりな事、最もうしろめいたいもの、それをいまの日本の「新文化」は、素通りして走りそうな気がしてならない。 私は、やはり、「文化」というものを全然知らない、頭の悪い津軽の百姓でしか無いのかも・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・こうして、じっと見ていると、ほんとうにソロモンの栄華以上だと、実感として、肉体感覚として、首肯される。ふと、去年の夏の山形を思い出す。山に行ったとき、崖の中腹に、あんまりたくさん、百合が咲き乱れていたので驚いて、夢中になってしまった。でも、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・郵便屋は、もう私が知っていることにきめてしまったらしく、自信たっぷりで首肯する。 私は、なお少し考えて、「存じませんね。」「そうですか。」こんどは郵便屋もまじめに首をかしげて、「あなたは、おくには、津軽のほうでしょう?」 と・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 彼は平然と首肯して、また飲む。 さすがに私も、少しいまいましくなって来た。私には幼少の頃から浪費の悪癖があり、ものを惜しむという感覚は、普通の人に較べてやや鈍いように思っている。けれども、そのウイスキイは、謂わば私の秘蔵のものであ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ここまではおそらく多くの読者も少なくも多少の条件付きでは首肯されるであろうと思われる。しかし、さらに一歩を進めて、科学上の傑出した著述はすべて芸術であると言おうとすれば、これにはおそらく容易に同感を表しかねる人が多いであろうと思われる。こう・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 現在のわれわれの分子物理学上の知識から考えて、こういう想像は必ずしもそう乱暴なものではないということは次のような考察をすれば、何人にも一応は首肯されるであろうと思う。 金属と油脂類との間の吸着力の著しいことは日常の経験からもよく知・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
出典:青空文庫