・・・ 御存じの通り、稲塚、稲田、粟黍の実る時は、平家の大軍を走らした水鳥ほどの羽音を立てて、畷行き、畔行くものを驚かす、夥多しい群団をなす。鳴子も引板も、半ば――これがための備だと思う。むかしのもの語にも、年月の経る間には、おなじ背戸に、孫も彦・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ と、手をふるはずみに、鳴子縄に、くいつくばかり、ひしと縋ると、刈田の鳴子が、山に響いてからからから、からからからから。「あはははははは。おほほほほほ。」 勃然とした体で、島田の上で、握拳の両手を、一度打擲をするごとくふって見せ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・風に鳴子の音高く、時に、ようようと蔭にて二三人、ハタハタと拍手の音。お蔦 でも不思議じゃありませんか。早瀬 何、月夜がかい。お蔦 まあ、いくら二人が内証だって、世帯を持てば、雨が漏っても月が射すわ。月夜に不思議は・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・北は見渡す限り目も藐に、鹿垣きびしく鳴子は遠く連なりて、山田の秋も忙がしげなり。西ははるかに水の行衛を見せて、山幾重雲幾重、鳥は高く飛びて木の葉はおのずから翻りぬ。草苅りの子の一人二人、心豊かに馬を歩ませて、節面白く唄い連れたるが、今しも端・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫