・・・人と話しをしている時は勿論、独りでいる時でも、彼はそれを懐中から出して、鷹揚に口に啣えながら、長崎煙草か何かの匂いの高い煙りを、必ず悠々とくゆらせている。 勿論この得意な心もちは、煙管なり、それによって代表される百万石なりを、人に見せび・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・すると木村少佐は、ゆっくり葉巻の煙を吐きながら、鷹揚に微笑して、「面白いだろう。こんな事は支那でなくっては、ありはしない。」「そうどこにでもあって、たまるものか。」 山川技師もにやにやしながら、長くなった葉巻の灰を灰皿の中へはた・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 本間さんは何だかわからないが、年長者の手前、意味のない微笑を浮べながら、鷹揚に一寸頭を下げた。「君は僕を知っていますか。なに知っていない? 知っていなければ、いなくってもよろしい。君は大学の学生でしょう。しかも文科大学だ。僕も君も・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・はなはだ、間ののびた、同時に、どこか鷹揚な、品のいいものである。僕は、人形に対して、再び、tranger の感を深くした。 アナトオル・フランスの書いたものに、こう云う一節がある、――時代と場所との制限を離れた美は、どこにもない。自分が・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・日本一の大原野の一角、木立の中の家疎に、幅広き街路に草生えて、牛が啼く、馬が走る、自然も人間もどことなく鷹揚でゆったりして、道をゆくにも内地の都会風なせせこましい歩きぶりをしない。秋風が朝から晩まで吹いて、見るもの聞くもの皆おおいなる田舎町・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ ――略して申すのですが、そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一人があります――山伏か、隠者か、と思う風采で、ものの鷹揚な、悪く言えば傲慢な、下手が画に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ と鷹揚に、先代の邸主は落ついて言った。 何と、媼は頤をしゃくって、指二つで、目を弾いて、じろりと見上げたではないか。「無断で、いけませんでしたかね。」 外套氏は、やや妖変を感じながら、丁寧に云ったのである。「どうなとせ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・あたかも私の友人の家で純粋セッター種の仔が生れたので、或る時セッター種の深い長い艶々した天鵞絨よりも美くしい毛並と、性質が怜悧で敏捷こく、勇気に富みながら平生は沈着いて鷹揚である咄をして、一匹仔犬を世話をしようかというと、苦々しい顔をして、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ と鷹揚に湯崎でのことは忘れたような顔をして、「それで、なにはどうしてるんだね? 今でもやっぱし……」 お前と一緒にいるのかと、わざとぼんやりきくと、お前は直ぐお千鶴のことだと察し、「ああ、――あいつですか。朝鮮に残して来ま・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・山家の時雨は我国でも和歌の題にまでなっているが、広い、広い、野末から野末へと林を越え、杜を越え、田を横ぎり、また林を越えて、しのびやかに通り過く時雨の音のいかにも幽かで、また鷹揚な趣きがあって、優しく懐しいのは、じつに武蔵野の時雨の特色であ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫