・・・けれどももう少し注意して御覧になると、どの紙屑の渦の中にも、きっと赤い紙屑が一つある――活動写真の広告だとか、千代紙の切れ端だとか、乃至はまた燐寸の商標だとか、物はいろいろ変ていても、赤い色が見えるのは、いつでも変りがありません。それがまる・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年の瞼は颯と血を潮した。 袖さえ軽い羽かと思う、蝶に憑かれたようになって、垣の破目をするりと抜けると、出た処の狭い路は、飛々の草・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ いずれ、金目のものではあるまいけれども、紅糸で底を結えた手遊の猪口や、金米糖の壷一つも、馬で抱き、駕籠で抱えて、長い旅路を江戸から持って行ったと思えば、千代紙の小箱に入った南京砂も、雛の前では紅玉である、緑珠である、皆敷妙の玉である。・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・けばけばしく彩った種々の千代紙が、染むがごとく雨に縺れて、中でも紅が来て、女の瞼をほんのりとさせたのである。 今度は、一帆の方がその傍へ寄るようにして、「どっちへいらっしゃる。」「私?……」 と傘の柄に、左手を添えた。それが・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・四 家に帰ると、妹のみつ子は一人で千代紙を出して遊んでいました。「兄さん、どこへいってきたの?」「いま、僕、学者にあってきたのだよ。」と、信吉は得意になって、「僕の拾った勾玉や、土器が、学問のうえに役立つというん・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・そしてこのごろは、げたの鼻緒を立てたり、つめを切ったりするときだけにしか使われなかったけれど、年とったはさみは、若いころ、お嬢さんが人形の着物をつくるときに、美しい千代紙や、折り紙を切ったり、また、お母さんが、お仕事をなさるときに使われた、・・・ 小川未明 「古いはさみ」
・・・そのころの末子はまだ人に髪を結ってもらって、お手玉や千代紙に余念もないほどの小娘であった。宿屋の庭のままごとに、松葉を魚の形につなぐことなぞは、ことにその幼い心を楽しませた。兄たちの学校も近かったから、海老茶色の小娘らしい袴に学校用の鞄で、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この机辺のどろどろの洪水を、たたきころして凝結させ、千代紙細工のように切り張りして、そうして、ひとつの文章に仕立てあげるのが、これまでの私の手段であった。けれども、きょうは、この書斎一ぱいのはんらんを、はんらんのままに掬いとって、もやもや写・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ 千代紙貼リマゼ、キレイナ小箱、コレ、何スルノ? ナンニモシナイ、コレダケノモノ、キレイデショ? 花火一パツ、千円以上、ワザワザ川デ打チアゲテ何スルノ? 着物、ハダカヲ包メバ、ソレデイイ、柄モ、布地モ、色合イモ、ミンナ意味ナイ、・・・ 太宰治 「走ラヌ名馬」
・・・や、わが国特産の千代紙人形映画や、またミッキーマウスやうさぎのオスワルドやあるいはビンボーなどというおとぎ話的ヒーローを主題とした線画の発声漫画のごときものがある。まずい名称であるがかりにこれらを人工映画という名前で一括することにする。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫