かのう‐もろひら【加納諸平】
[1806〜1857]江戸末期の歌人・国学者。遠江(とおとうみ)の人。旧姓、夏目。号、柿園(しえん)。紀伊藩に仕え、「紀伊続風土記」「紀伊国名所図絵」などを編集。著「柿園詠草」など。
かめい‐これのり【亀井玆矩】
[1557〜1612]安土桃山・江戸初期の武将。名は新十郎。主家の尼子氏滅亡後、織田信長・豊臣秀吉に仕え、因幡(いなば)国鹿野城主となる。関ヶ原の戦いでは徳川方に味方し、朱印船貿易に意を注いだ。
かめい‐しょうよう【亀井昭陽】
[1773〜1836]江戸後期の儒学者。筑前の人。名は昱(いく)。南冥の長男。父南冥の跡を継ぎ徂徠学を奉じ、のち徂徠学に朱子学を取り入れた経学を大成。著に「左伝纉考」「論語語由述志」「読弁道」など。
かめい‐なんめい【亀井南冥】
[1743〜1814]江戸後期の儒学者・医師。筑前の人。名は魯。字(あざな)は道載(どうさい)。徂徠(そらい)学を学び、福岡藩の儒員兼医員となったが、晩年は不遇のうちに自殺。著「論語語由」など。
かめだ‐ほうさい【亀田鵬斎】
[1752〜1826]江戸後期の儒学者。江戸の人。名は長興。別号、善身堂。井上金峨に学ぶ。朱子学を批判し、異端者として寛政異学の禁に触れ、門人を失った。書・詩作にもすぐれた。著「論語撮解」「善身...
かもち‐まさずみ【鹿持雅澄】
[1791〜1858]江戸後期の国学者・歌人。土佐の人。号は、古義軒、山斎。土佐に住み、ほとんど独学で万葉集を中心に上代国語の研究を進めた。著「万葉集古義」「山斎集」など。
かも‐の‐すえたか【加茂季鷹】
[1754〜1841]江戸後期の国学者・歌人。京都の人。本姓は山本。号、雲錦。上賀茂神社の神官。著「万葉集類句」など。
かんぜ‐もとあきら【観世元章】
[1722〜1774]江戸中期の能役者。シテ方観世流15世宗家。左近と称す。田安宗武・賀茂真淵らの協力を得て、謡曲の詞章を大改訂した「明和改正謡本」を刊行。
がもう‐くんぺい【蒲生君平】
[1768〜1813]江戸後期の尊王論者・儒学者。下野(しもつけ)の人。名は秀実。水戸学の影響を受ける。荒廃した歴代天皇陵を調査して「山陵志」を著述。また、「不恤緯(ふじゅつい)」で、海防の必要...
きうち‐せきてい【木内石亭】
[1725〜1808]江戸後期の鉱物学者。近江(おうみ)の人。名は重暁(しげあき)。姓は「きのうち」とも読む。全国の奇石を収集・研究し、鉱物学・化石学・考古学に貢献。著「雲根志」など。