・・・監房の中では男たちがシャツや襦袢を胡坐の上にひろげて、時々脇腹などを掻きながら虱をとっている。 目立って自分の皮膚もきたなくなった。艶がぬけ、腕などこするとポロポロ白いものがおちる。虱がわき出した。虱の独特なむずつき工合がわかるようにな・・・ 宮本百合子 「刻々」
胡坐 ああ 草原に出で ゆっくりと楡の木蔭 我が初夏の胡坐を組もう。 空は水色の襦子を張ったよう 白雲が 湧いては消え 湧いては消え 飽きない自然の模様を描く。 遠くに泉でもあるか・・・ 宮本百合子 「心の飛沫」
・・・ミーダ(ヴィンダーブラの傍に胡坐を組んで四辺誰も未だ帰っていないな。ヴィンダー 俺達のように、意志の明白な者はいない証拠だ。い辛いのに、弱気で堅くなっているんだろう。天帝に媚びれば、仕事が殖えるとでも思っているなら愚の骨頂だ。ミ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 髪の毛や肩の上へ、箪笥を照していると同じ赤っぽい電燈の光を受けながら、和服で胡坐をかいた宮本が、そこにあった紙型をとりあげて私にその拵えかたを説明した。紙がしめっているうちに細かくたたいて字を出すんだと云うようなことを話し、話しながら・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ 増田博士は胡坐を掻いて、大きい剛い目の目尻に皺を寄せて、ちびりちびり飲んでいる。抜け上がった額の下に光っている白目勝の目は頗る剛い。それに皺を寄せて笑っている処がひどく優しい。この矛盾が博士の顔に一種の滑稽を生ずる。それで誰でも博士の・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・この男はいつも毒にも薬にもならない事を言うが、思の外正直で情を偽らないらしいので、木村がいつか誰やらに、山田と話をするのは、胡坐を掻いて茶漬を食っているようで好いと云ったことがある。その山田がこう云った。「どうも驚いちまった。日本にこん・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・石田は夏衣袴のままで毛布の上に胡坐を掻いた。そこへ勝手から婆あさんが出て来た。「鳥はどうしなさりまするかの。」「飯の菜がないのか。」「茄子に隠元豆が煮えておりまするが。」「それで好い。」「鳥は。」「鳥は生かして置け。・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・主人はどっしりした体で、胡坐を掻いて、ちびりちびり酒を飲みながら、小川の表情を、睫毛の動くのをも見遁がさないように見ている。そのくせ顔は通訳あがりの方へ向けていて、笑談らしい、軽い調子で話し出した。「平山君はあの話をまだしらないのかい。まあ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・ 僕は薄縁の上に胡坐を掻いて、麦藁帽子を脱いで、ハンケチを出して額の汗を拭きながら、舟の中の人の顔を見渡した。船宿を出て舟に乗るまでに、外の座敷の客が交ったと見えて、さっき見なかった顔がだいぶある。依田さんは別の舟に乗ったと見えて、とう・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・前列の中央に胡坐をかいていた畑を始として、一同拍手した。私はこの時鎖を断たれた囚人の歓喜を以て、共に拍手した。 畑等が先に立って、前に控所であった室の隣の広間をさして、廊下を返って往く。そこが宴会の席になっているのである。 私は遅れ・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫