・・・銃の台が時々脛を打って飛び上がるほど痛い。 「オーい、オーい」 声が立たない。 「オーい、オーい」 全身の力を絞って呼んだ。聞こえたに相違ないが振り向いてもみない。どうせ碌なことではないと知っているのだろう。一時思い止まった・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ これは多数の人にとって耳の痛い話である。 この理想が実現せられるとして、教案を立てる際に材料と分布をどうするかという問に対しては、具体的の話は後日に譲ると云って、話頭を試験制度の問題に転じている。「要は時間の経済にある。それに・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・しきりに気はあせるが、天秤棒は肩にめりこみそうに痛いし、気持も重くなって足もはかどらない。しまいには涙がでてきて、桶ごとこんにゃくも何もおっぽりだしたくなることもあった。 ねえ読者諸君! はたで眺めるぶんには、仕事も気楽に見えるが、実際・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・そうして彼らの間に規律と云うものが無かったならば、――彼らのうちには今日は頭が痛いから休むというものもできようし、朝の七時からは厭だからおれは午後から出るとわがままを云うものもできようし、あるいは今日は少し早く切り上げて寄席へ行くとか、ある・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 然し、彼が、痛いのは腰だ、と思っていたのに、川上の捲上線に伝って登り始めるのと、カッキリ同時に、その腰の痛みが上の方に上って来るのを覚えた。 彼は、駈けていた積りであったのに、後から登って行く小林に追いつかれた。 然し、一体、・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・おお痛い」と、西宮は仰山らしく腕を擦る。 小万はにっこり笑ッて、「あんまりひどい目に会わせておくれでないよ、虫が発ると困るからね」「はははは。でかばちもない虫だ」と、西宮。「ほほほほ。可愛い虫さ」「油虫じゃアないか」「苦・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・今日吾々日本国民の形体は、伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体にして、吾々の依って以て社会を維持する私徳公徳もまた、その起源を求むれば、二尊夫婦の間に行われたる親愛恭敬の遺徳なりと知るべし。 夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本にして更に争うべか・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・手や足や頭などに火が附いてボロボロと焼けて来るというと、痛い事も痛いであろうが脇から見て居ってもあんまりいい心持はしない。おまけに其臭気と来たらたまった者じゃない。併し其苦痛も臭気も一時の事として白骨になってしまうと最早サッパリしたものであ・・・ 正岡子規 「死後」
・・・「キーイ、キーイ、クヮア、あ、痛い、誰だい。ひとの頭を撲るやつは。」「勘定を払いな。」「あっ、そうそう。勘定はいくらになっていますか。」「お前のは三百四十二杯で、八十五銭五厘だ。どうだ。払えるか。」 あまがえるは財布を出・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 足が痛い痛いと云いながら私が家中□(走して居るのを皆が笑って誰も取り合わない。 すっかり飾って仕舞うと三時近い。 顔が熱くなって唇がブルブルして居る。 S子の顔を見るまでは落つけないのだから―― 今ベルがなるか今ベルが・・・ 宮本百合子 「秋風」
出典:青空文庫