・・・彼等のある一団は炎暑を重く支えている薔薇の葉の上にひしめき合った。またその一団は珍しそうに、幾重にも蜜のにおいを抱いた薔薇の花の中へまぐれこんだ。そうしてさらにまたある一団は、縦横に青空を裂いている薔薇の枝と枝との間へ、早くも眼には見えない・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・ある日上様清八を召され、富士司の病はと被仰し時、すでに快癒の後なりしかば、すきと全治、ただいまでは人をも把り兼ねませぬと申し上げし所、清八の利口をや憎ませ給いけん、夫は一段、さらば人を把らせて見よと御意あり。清八は爾来やむを得ず、己が息子清・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・光を失ったヘラクレス星群も無辺の天をさまよう内に、都合の好い機会を得さえすれば、一団の星雲と変化するであろう。そうすれば又新しい星は続々と其処に生まれるのである。 宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火に過ぎない。況や我我の地球をやである・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・その祈祷の声と共に、彼の頭上の天には、一団の油雲が湧き出でて、ほどなく凄じい大雷雨が、沛然として刑場へ降り注いだ。再び天が晴れた時、磔柱の上のじゅりあの・吉助は、すでに息が絶えていた。が、竹矢来の外にいた人々は、今でも彼の祈祷の声が、空中に・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・彼れの真闇な頭の中の一段高い所とも覚しいあたりに五十銭銀貨がまんまるく光って如何しても離れなかった。彼れは鍬を動かしながら眉をしかめてそれを払い落そうと試みた。しかしいくら試みても光った銀貨が落ちないのを知ると白痴のようににったりと独笑いを・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・んに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・夕空にむらむらと嶽の堂を流れて出た、一団の雲の正中に、颯と揺れたようにドンと一発、ドドド、ドンと波に響いた。「三ちゃん、」「や、また爺さまが鴉をやった。遊んでるッて叱られら、早くいって圧えべい。」「まあ、遊んでおいでよ。」 ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・……またここにも一団になっている。何と言う虫だろう。」「太郎虫と言いますか、米搗虫と言うんですか、どっちかでございましょう。小さな児が、この虫を見ますとな、旦那さん……」 と、言が途絶えた。「小さな児が、この虫を見ると?……」・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・か、何か、哄と吶喊を上げて、小児が皆それを追懸けて、一団に黒くなって駆出すと、その反対の方へ、誰にも見着けられないで、澄まして、すっと行ったと云うが、どうだ、これも変だろう。 横手の土塀際の、あの棕櫚の樹の、ばらばらと葉が鳴る蔭へ入・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・いつでも非常なよい声で唄をうたって、随所の一団に中心となるおとよさんが今日はどうしたか、ろくろく唄もうたわなかったからして、みんなの統一を欠いたわけだ。清さんや清さんのお袋は、またどうしたかごきげんが悪いや、珍しくもない、というくらいな心で・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
出典:青空文庫