・・・ このままでややしばらくの間忍藻は全く無言に支配されていたが、その内に破裂した、次の一声が。「武芸はそのため」 その途端に燈火はふっと消えて跡へは闇が行きわたり、燃えさした跡の火皿がしばらくは一人で晃々。 下・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ われわれの討論は、今や一斉にここに向けられなければならぬ。 コンミニストは次のように云う。「もしも一個の人間が、現下に於て、最も深き認識に達すれば、コンミニストたらざるを得なくなる。」と。 しかしながら、文学に対して、・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、圧し重なった人と馬と板片との塊りが、沈黙したまま動かなかった。が、眼の大きな蠅は、今や完全に休まったその羽根に力を籠めて、ただひとり、悠々と青空の中を飛んでいった。・・・ 横光利一 「蠅」
・・・た針葉と、――それに比べて地下の根は、戦い、もがき、苦しみ、精いっぱいの努力をつくしたように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量よりも多いと思われる太い根細い根の無数をもって、一斉に大地に抱きついている。私はこのよう・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫