・・・ カッフェープランタンの創設せられた当初、僕は一夕生田葵山井上唖々の二友と共に、有楽座の女優と新橋の妓とを伴って其のカッフェーに立寄った。入口に近いテーブルに冒険小説家の春浪さんが数人の男と酒を飲んでいたのを見たが、僕等は女連れであった・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・盛夏の一夕われハドソン河上の緑蔭を歩みし時驟雨を渡頭の船に避けしことあり。 漢土には白雨を詠じたる詩にして人口に膾炙するもの東坡が望湖楼酔書を始め唐韓かんあくが夏夜雨、清呉錫麒が澄懐園消夏襍詩なぞその類尠からず。彼我風土の光景互に相似た・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・旅費の多き旅行なれば、千里の路も即日の支度にて出立すれども、子を育するに不便利なりとて、一夕の思案を費やして進退を考えたる者あるを聞かず。家を移すに豆腐屋と酒屋の遠近をば念を入れて吟味し、あるいは近来の流行にて空気の良否など少しく詮索する様・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・どっちみち一夕十円標準でやろうと名をつけているのが、文壇人の経済事情、生存感情の推移とその現代性を語っている。菊池寛、久米正雄氏等の間では二十円会とか三十円会とかいうのがあるそうである。十円がもすこし育って二十円という、通俗人の望みの影さえ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・私は余技アマチュアというものの主観的な特長を一席実物について父に話してきかせました。 おや、耳の中がキーンと云う。変ね。そろそろ寝ろとの知らせでしょう。馬のついた文鎮をのせて又この次。 今は八日の午後三時。ひどい風の音にまじって、隣・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 室生犀星氏が近衛公や一部の顕官に逢い、一夕文学談を交したことで、軍人、官吏も文学を理解しようとする誠意を持っていると感激し、庶民出生の長い艱難多かった自身の閲歴をも忘却して、忻然として「行動の文学」を提唱し、勇躍して満州へ行く悲喜劇的・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・日本の米のねだんは一石四千二百五十円でしょう? 輸入米は同じ一石が九千六百七十一円よ。誰が考えたってへんなことだと思うわ」 あきれかえるわねえ。でも、しようがないわ、どうせいまの政府だもの。―― 考えてみるとわたしたちの日常生活に「・・・ 宮本百合子 「しようがない、だろうか?」
・・・そういう役人の一人が、ある一夕何人かの指導的な婦人たちを招待して、意見交換ということをした。そのとき一人のひとが、割合ふだんのままの気持で日頃から思っているままの意見を、女の生活の改善という立場から話した。そしたら、その婦人たちのなかでも主・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・これは、感性的・主観的にだけ流れてきていた日本の現代文学史の中で注目される一齣である。そして最も興味あることは、この現象が一人の作家の上に、大きい矛盾としてさえあらわれたことである。たとえば、わたしのように、文学における階級性の問題などまっ・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・ 今日の主人増田博士の周囲には大学時代からの親友が二三人、製造所の職員になっている少壮な理学士なんぞが居残って、燗の熱いのをと命じて、手あきの女中達大勢に取り巻かれて、暫く一夕の名残を惜んでいる。 花房という、今年卒業して製造所に這・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫