・・・「この頃はめっきりお弱りになって始終床にばかり就ていらっしゃるが、別に此処というて悪るい風にも見えねえだ。然し最早長くは有りますめえよ!」と倉蔵は歎息をした。「ふうん、そうかな、一度見舞に行きたいのだけれど……」と校長の声も様子も沈・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・これほどに吾家の母様の為さるのも、おまえのためにいいようにと思っていらっしゃるからだとお話があったわ。それだのに禽を見て独語を云ったりなんぞして、あんまりだよ。」と捲し立ててなおお浪の言わんとするを抑えつけて、「いいよ、そんなに云わ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・系図を言えば鯛の中、というので、系図鯛を略してケイズという黒い鯛で、あの恵比寿様が抱いていらっしゃるものです。イヤ、斯様に申しますと、えびす様の抱いていらっしゃるのは赤い鯛ではないか、変なことばかり言う人だと、また叱られますか知れませんが、・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・内儀「何が困るたって、あなた此様に貧乏になりきりまして、実に世間体も恥かしい事で、斯様な裏長屋へ入って、あなたは平気でいらっしゃるけれども、明日食べますお米を買って炊くことが出来ませんよ」七「出来ないって、何うも仕方がない、お米が天・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「旦那さんのように、いろいろなものを買って提げていらっしゃるかたもない。」「そう言えば、鼠坂の椿が咲いていたよ。今にもうおれの家の庭へも春がやって来るよ。」 そんな話をして置いて、私は自分の部屋へ行った。 私の心はなんとなく・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・もっとわたしはお年寄になっていらっしゃるかと思った」 とそこへ来て言って、いろいろともてなしてくれるのは直次の連合であった。このおさだの言うことはお世辞にしても、おげんには嬉しかった。四人の小さな甥達はめずらしいおばあさんを迎えたという・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・小母さんは毎日あなたの事ばかり案じていらっしゃるんですよ。今度またこちらへお出でになることになりましてから、どんなにお喜びでしたかしれません。……考えると不思議な御縁ですわね」「妙なものですね。この夏はどうしたことからでしたか、ふとこち・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「そこにいるお嬢さんはねむっていらっしゃるの」 と子どもははじめて死骸に気がついて、おかあさんにたずねました。「そうです、ねむっていらっしゃるんです」「花よめさんでしょうか、ママ」「そうです花よめさんです」 よく見る・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ やっぱり、こんどの奥さんにも、あんなに子供みたいに甘えかかっていらっしゃるの? およしなさいよ、いいとしをして、みっともない。きらわれますよ。朝、寝たまま足袋をはかせてもらったりして。 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ、こまるね。私は・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ それゆえ、これから私が、この選集の全巻の解説をするに当っても、その個々の作品にまつわる私自身の追憶、或いは、井伏さんがその作品を製作していらっしゃるところに偶然私がお伺いして、その折の井伏さんの情景など記すにとどめるつもりであって、そ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
出典:青空文庫