・・・かねて十分に作りおいたる竜なら竜、虎なら虎をそこに置き、前の彫りかけを隠しおく。殿復びお出ましの時には、小刀を取って、危気無きところを摩ずるように削り、小々の刀屑を出し、やがて成就の由を申し、近々ご覧に入るるのだ。何の思わぬあやまちなどが出・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリイたちのぼろぼろの家と比べると、小さいながら、まるで御殿のように立派な家でした。 ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・眼が大きすぎて、少し弱い、異常な感じを与えるけれど、額も、鼻も、唇も、顎も、彫りきざんだように、線が、はっきりしていた。ちっとも、私と似ていやしない。「おつるの子です。お忘れでしょうか。母は、あなたの乳母をしていました。」 はっきり言わ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・鋲の輪の内側は四寸ばかりの円を画して匠人の巧を尽したる唐草が彫り付けてある。模様があまり細か過ぎるので一寸見ると只不規則の漣れんいが、肌に答えぬ程の微風に、数え難き皺を寄する如くである。花か蔦か或は葉か、所々が劇しく光線を反射して余所よりも・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・高い所に乗って、仁王の顔の辺をしきりに彫り抜いて行く。 運慶は頭に小さい烏帽子のようなものを乗せて、素袍だか何だかわからない大きな袖を背中で括っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようであ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・そこでこの心持ちが作の上にはどう現れているかと云うと、実に骨に彫り、肉を刻むという有様で、非常な苦労で殆ど油汗をしぼる。が、油汗を搾るのは責めては自分の罪を軽め度いという考えからで、羊頭を掲げて狗肉を売る所なら、まア、豚の肉ぐらいにして、人・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 杏奴さんが、自身の筆でそこまで歴史的に父の姿を彫り出すことの出来ないのは、寧ろ自然であるとされなければなるまい。 鴎外の子供は、皆文筆的に才能がある。於菟さんも只の医学者ではない。このひとの随筆を折々よみ、纏めて杏奴さんの文章・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ 文学の主題としての、国内戦は、記録文学の時代をすぎて既に革命の歴史的観点から、丸彫りにして再現さるべき時になっている。しかし、左翼作家のすべてがそのような大主題を、解放史の全局面から把握し、而も素晴らしい新手法で芸術品に仕上げる程の才・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・とことんのところまで色も彫りも薄めず描写して行く力は大きいものですね。谷崎は大谷崎であるけれども、文章の美は古典文学=国文に戻るしかないと主張し、佐藤春夫が文章は生活だから生活が変らねば文章の新しい美はないと云っているの面白いと思います。し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・スーザンが、大理石にむかってニューヨークの街に溢れる群集の中からニグロの女をとらえて彫り、北国の老婆をとらえて彫って、尨大な独特なものをつくってゆくとき、ブレークは、軽い土の塑像を、才走って、奇矯にこしらえてゆく。 スーザンが仕事に規則・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
出典:青空文庫