・・・こはトック君を知れるものにはすこぶる自然なる応酬なるべし。 答 自殺するは容易なりや否や? 問 諸君の生命は永遠なりや? 答 我らの生命に関しては諸説紛々として信ずべからず。幸いに我らの間にも基督教、仏教、モハメット教、拝火教等・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・もっともこれは岩殿には限らぬ。奥州名取郡笠島の道祖は、都の加茂河原の西、一条の北の辺に住ませられる、出雲路の道祖の御娘じゃ。が、この神は父の神が、まだ聟の神も探されぬ内に、若い都の商人と妹背の契を結んだ上、さっさと奥へ落ちて来られた。こうな・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・金では取れないと見ると帳場は立毛の中に押収してしまう。従って市街地の商人からは眼の飛び出るような上前をはねられて食代を買わねばならぬ。だから今度地主が来たら一同で是非とも小作料の値下を要求するのだ。笠井はその総代になっているのだが一人では心・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・僕自身もこんなことは一度言っておけばいいことで、こんなことが議論になって反覆応酬されては、すなわち単なる議論としての議論になっては、問題が問題だけに、鼻持ちのならないものになると思っている。しかし兄に僕の近況を報ずるとなると、まずこんなこと・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 甲冑堂 橘南谿が東遊記に、陸前国苅田郡高福寺なる甲冑堂の婦人像を記せるあり。奥州白石の城下より一里半南に、才川と云う駅あり。この才川の町末に、高福寺という寺あり。奥州筋近来の凶作にこの寺も大破に及び、住持と・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ さて、お妻が、流れも流れ、お落ちも落ちた、奥州青森の裏借屋に、五もくの師匠をしていて、二十も年下の、炭屋だか、炭焼だかの息子と出来て、東京へ舞戻り、本所の隅っ子に長屋で居食いをするうちに、この年齢で、馬鹿々々しい、二人とも、とやについ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……うでたのは、甘藷とともに店が違う。……奥州辺とは事かわって、加越のあの辺に朱実はほとんどない。ここに林のごとく売るものは、黒く紫な山葡萄、黄と青の山茱萸を、蔓のまま、枝のまま、その甘渋くて、且つ酸き事、狸が咽せて、兎が酔いそうな珍味であ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 一体、孫八が名だそうだ、この爺さんは、つい今しがた、この奥州、関屋の在、旧――街道わきの古寺、西明寺の、見る影もなく荒涼んだ乱塔場で偶然知己になったので。それから――無住ではない、住職の和尚は、斎稼ぎに出て留守だった――その寺へ伴われ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・すのですが、そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一人があります――山伏か、隠者か、と思う風采で、ものの鷹揚な、悪く言えば傲慢な、下手が画に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門といった、鼻の隆い・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・屋根の下の観光は、瑞巌寺の大将、しかも眇に睨まれたくらいのもので、何のために奥州へ出向いたのか分らない。日も、懐中も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、旅籠屋を出で立つと、途中から、からりとした上天気。 奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫