・・・ 古来有名なる、岩代国会津の朱の盤、かの老媼茶話に、奥州会津諏訪の宮に朱の盤という恐しき化物ありける。或暮年の頃廿五六なる若侍一人、諏訪の前を通りけるに常々化物あるよし聞及び、心すごく思いけるおり、又廿五六なる若侍来る。好き連と・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・るのである、それはさもあるべき事であろう、何ぜなれば同じ食事のことであるから其興味的研究の進歩が、遂に或方向に類似の成績を見るに至るは当然の理であるからである、日本の茶の湯はどこまでも賓主的であるが、欧州人のは賓主的にも家庭的にも行はれて甚・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を容れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常で誰にでも共鳴するかのように調子を合わせるから、イイ気になって知己を得たツモリで愚談を聴いてもらおうとすると、忽ち巧みに受流され・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 社交的応酬は余り上手でなかったが、慇懃謙遜な言葉に誠意が滔れて人を心服さした。弁舌は下手でも上手でもなかったが話術に長じていて、何でもない世間咄をも面白く味わせた。殊に小説の梗概でも語らせると、多少の身振声色を交えて人物を眼前に躍出さ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ デンマークは欧州北部の一小邦であります。その面積は朝鮮と台湾とを除いた日本帝国の十分の一でありまして、わが北海道の半分に当り、九州の一島に当らない国であります。その人口は二百五十万でありまして、日本の二十分の一であります。実に取るに足・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・そして、粘土細工、積木細工、絵草紙、メンコ、びいどろのおはじき、花火、河豚の提灯、奥州斎川孫太郎虫、扇子、暦、らんちゅう、花緒、風鈴……さまざまな色彩とさまざまな形がアセチリン瓦斯やランプの光の中にごちゃごちゃと、しかし一種の秩序を保って並・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかし、さすがに逃げおくれた連中がいて、押収された煙草は二日間合計して、十五万本だということである。 逃げおくれた連中だけで十五万本、だから大阪全体でどれだけの横流しの煙草があるか、想像も出来ないくらいだ。 ある皮肉屋が言っていた。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金魚、二・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ いかに何でも奥州下んだりから商売の資本を作るつもりで、これだけの代物を提げてきたという耕吉の顔つきを、見なおさずにはいられないといった風で、先生はハキハキした調子で言った。「それではその新しい方の分も、全部贋物なんでしょうか」芳本・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ そう言いますと、あの時分は私も朝早くから起きて寝るまで、学校の課業のほかに、やたらむしょうに読書したものです。欧州の政治史も読めば、スペンサーも読む、哲学書も読む、伝記も読む、一時間三十ページの割合で、日に十時間、三百ページ読んでまだ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫